*************
「出してくれ、今、直ぐに!!」
宗介は救援に来たらしいヘリに乗り込んだかと思うと
同乗していたマオに向かって叫んだ。
「ちょっ‥‥あんた、今直ぐって、クルツは?ASは?」
「置いていく、奴なら人の邪魔伊達をするほど元気だ、問題ないだろう」
マオは短い逡巡のあと、ニヤッと笑って何かを察知した様子だった。
「ふーん‥‥。ま、いいわ、そういう事よ、出して頂戴!!」
「え?良いんですか?」
ヘリのパイロットが面食らうが二人は声を揃えて返した。
「良いのよ!」
「良いんだ。」
マオは宗介の正面に座り、軽くウィンクをして見せた。
(今回は特別よ)
(感謝する)
宗介は窓を流れる景色を眺めていた。
ヘリが、まるで天の川に沿うように滑る。
やがてヘリが向きを変え、ただ一点を目指してスピードを上げる。
その時ヘリは天の川を横切って滑空したので
まるで自分が、星の河を飛び越えたような、そんな気分だった。
星を越えて、距離を越えて。 今すぐ東京へ、彼女の元へ。
*************
PM 23:10
かなめは宗介の部屋のベッドの隅で、小さく丸くなって、震えていた。
その手にはしっかりと携帯電話が握られている。
‥‥‥‥バタバタバタ
ふいに外の方から何か、プロペラのような音がして、かなめはハッと窓の外を見る。
窓の外には何も見えなかった。
が、かなめは直ぐ理解した。ミスリルのヘリだろう。
恐らくはECSを作動させてホバリングしているところだ、街中で目立たないように。
いや、そんな事はどうでもいいのだ。彼が帰ってきた!! その喜びで、心だけ飛び出しそうだ。
時間は‥‥‥‥まだ間に合う。 きっとコレから感動的な再開を果たしてそれで‥‥‥‥。
かなめはアレコレこれからの事に胸を膨らませ、音のする方を見つめていた。
すると、突然ヘリのドアがスライドした、かと思うと何か黒いものが飛び出して
バリーーーーーーーン!!
それは窓を突き破って、ゴロゴロと室内に転がってきた。
勢いあまって反対側の壁にぶつかり「うっ」とか声を上げている。
「ソ、ソースケ‥‥‥‥‥‥」
ソースケと呼ばれた黒い塊が、むくりと起き上がり、かなめに近づいてくる。
辺りには砕け散ったガラスが散々になっていて、ソースケが歩くたびにバリバリジャリジャリやかましい。
あまりの事にかなめがあんぐり口を開けている。
「‥‥何コレ? ダイ・ハード?
びっくりさせないでよ!! ったくあんたはもーーー‥‥、まともに帰って来れないの?!
‥‥あたしはテッキリもっとこう‥‥アレな感じで‥‥」
ぶち壊しよっ!!そう思っていたかなめを、ふいに温もりが触れる。
ふわっ‥‥‥‥。
突然、何も言わずに宗介が抱き締めて来た。
「そ、ソースケ?」
「‥‥千鳥‥‥すまない‥‥、千鳥、君が居なかったらきっと俺は‥‥‥‥」
きっとかなめの呼びかけが無かったら、諦めていた。
そう思うと、腕に力を込めずに居られない。
ぎゅーっと抱きすくめたまま、宗介は彼女の温もりを感じていた。
今になって初めて恐いと思う。死ぬことがじゃない、これを失う事をだ。
「ソースケ?」
かなめは彼の肩が震えていることに気付いた。
「‥‥お帰り、ソースケ‥‥」
かなめはそれ以上何も言わず、黙って彼の頭を撫でてやった。
*************
暫く、言葉を交わすでもなくそのまま抱き合っていた。
やがて宗介の頭を撫でるかなめの手が止まったので、宗介が顔を上げた。
心なしか、少し寂しそうな顔をしたので、かなめは噴出してしまう。
「‥‥?」
不思議そうにする宗介を尻目にくすくす笑って居ると、壁の時計が目に入った。
PM 23:40
うん、まだ間に合う。
かなめは宗介と真正面から向き合うよう姿勢を正し。
言わなきゃね! 弱気な心にひとつ、気合を入れてから切り出した。
「誕生日、オメデト、ソースケ」
‥‥‥‥‥‥沈黙。
ちっ、ちっ、ちっ‥‥‥‥と時計が時を刻む音だけが木霊している。
早く何か言ってくれないと‥‥、逃げ出してしまいそう。かなめは縋る様な目で宗介を見る。
「むっ‥‥?」
やっとソースケから返った返事がそれだ。かなめはガックリ項垂れた。
「む、じゃないわよ。誕生日でしょ、あんた。」
「誕生日‥‥ああ、たしかに、そういう設定だ。」
「設定だ‥‥じゃないわよ‥‥。 まあ、そういう事らしいけど、関係ないわ、お目出度いのよ!喜びなさい!!」
「‥‥?そうなのか?」
先程までの甘ーいムードは何だったのか。一転して惚けた空気が流れ始めた。
これじゃいかん、と思ったかなめは、努めて真面目に宗介を見つめて
「そうなのよ。 お目出度いの、とっても、とっても幸せなことなの‥‥だって‥だってあんたが生まれたのよ!!」
死ぬほど恥ずかしかったけど、かなめは言った、満面の笑顔で。
「俺が居る事が‥‥?」
「そう!」
「幸せなのか?」
「そうだって言ってんじゃない‥‥?!」
「君が‥‥?!」
「あーうっさい、黙れ!そうだって!!
‥‥‥‥あんただってそうでしょ?!生きてて‥‥嬉しいでしょ?」
じわり、じわり、なんだろう、宗介は自分の中から温かいものが広がってくるのを感じた。
頭の奥がドクドクと自分を高揚させる麻薬を出しているようで
眼の奥がジンと、熱い。‥‥何かとても、懐かしい感覚。
「ああ、嬉しい。」
そして続けて言った。心から。
「‥‥‥‥有難う千鳥。」
かなめにむかって宗介がぎこちなく笑って、心なしか、眼が潤んだ気がした、次の瞬間
ドサッ
「ソースケ!!!え‥‥ちょっと‥‥」
再び抱きすくめられた‥‥‥と思うとそのまま宗介の体重が彼女にのしかかった。
都合よくかなめはベッドの上に居たので、そのままふわりと、重なり合う形となる。
「そ、ソースケ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
ソースケは何も言わない。が、代わりにかなめの首元に息がかかった。
「ちょっ‥‥ん‥‥‥‥。」
かなめは固く眼を閉じた。
いいじゃない‥‥、ね、素直になって、
だって、今日は、こんなに嬉しい、‥‥愛しい‥‥。
意を決してかなめは切り出した。
「ね‥‥、ソースケ。 あの、実はね誕生日プレゼント何も用意してないの。
‥‥だってあんたって、物に拘りなさそうだし、それより何か作ってあげようと思ってて‥‥
でも。あの‥‥その‥‥。今日は‥‥」
――あたしを‥‥‥‥。
‥‥
‥‥‥‥‥‥
「‥‥スー‥‥スー‥‥」
かなめは最後まで言わなかった事を、心から良かったと思う。
「‥‥‥‥‥‥まさか」
そう、そのまさか。
「‥‥スー‥‥スー‥‥」
かなめは宗介の顔を覗き込む。
「あはは‥‥‥‥ね、寝てる‥‥‥‥」
ガッカリしたような、ほっとしたような。それからちょっと憎らしい気分だった。
だからかなめは、ぎゅっと宗介の鼻をつまんでやった。
「すー‥‥‥‥むっ‥‥‥‥ふもっ‥‥‥‥」
宗介は顔を少ししかめてから、謎のうめき声をあげたが、起きない。
「‥‥ったく、ふもじゃないわよ、ふもじゃ!!」
言いながら、かなめの頬は高潮している。その寝顔が、仕草がとても可愛いものだから‥‥。
「ソースケ‥‥」
‥‥
‥‥‥‥‥‥ちゅ。
気付いたら、かなめは彼の頬にキスをしていた。
「‥‥‥‥むーん‥‥‥‥‥‥千‥鳥‥‥‥‥‥‥」
名前を呼ばれたので、起こしてしまったかとヒヤヒヤしたが、どうやら夢でも見ているようだった。
とても幸せそうな顔をしながら。
「おやすみ、ソースケ‥‥」
二人は仲良く、幸せな夢に落ちて、慌しい七夕が終わった。
翌日も学校。そんなことスッカリ忘れて仲良く遅刻したのは言うまでも無い。
[完]
後書きへ
――7月7日七夕
いよいよ今日は七夕祭当日だ、そして宗介の‥‥
ところがその日。相良宗介の姿は無かった。
<急用が出来た、ハナビまでには必ず戻る>
かなめの携帯にメールだけを残して。
「も、もう時間無いよーーー!!」
「カナちゃん、相良君のPHS、全然繋がんないの?」
「繋がんないわよっ!!!」
「ど、どうすんの?」
「くっ‥‥こうなったらもう自棄よっ!!やるっきゃない!!恭子、来て!!!」
「えーー?!か、カナちゃーん?!」
その日のかなめの努力は実に涙ぐましいものだった。
結局、宗介の代役をかなめが務めた。
もう一人の主役である彼女は宗介の台詞も全部頭に入っていたのである。
そして、かなめの役を恭子に演じてもらった。
かなめの練習に付き合っていた恭子も少しは台詞が頭に入っており、加えてかなめのフォローでなんとか形となった。
そして打ち上げの花火大会が始まる。
「お、終わったー‥‥!!」
「あー一時はどうなる事かと思ったよ。」
何とか無事に済み、クラスの面々も安堵の表情を浮かべている。
かなめの頑張りで、劇は立派に仕上がり、原作者の信二も実に満足気だ。
「それにしても千鳥さんは本当に凄いよ、突然の代役を完璧に‥‥て千鳥さん?」
「‥‥カナちゃん‥‥?」
先程まで恭子の隣に居たはずのかなめがどこにも見当たらない。
パチッパチッ‥‥ヂヂッ‥‥
かなめは皆から離れ一人、線香花火をしていた。
全てが終わった途端、こらえた筈の涙が込み上げて来て、慌てて皆の輪から逃げ出したのだった。
空には満点の天の川。今頃七夕伝説の主役たちは仲良くデートでもしてるに違いない。
‥‥でも自分たちは‥‥。
この美しい星を一緒に見たかった、それから‥‥‥‥。
「バカッ‥‥あのバカ‥‥‥‥」
待っていたのに、結局戻って来なかったじゃない。
「バカ‥‥」
今日じゃなきゃダメなのに。
「バカ‥‥」
ジュッ‥‥
線香花火の火と共に、涙が一粒、地面に落ちた。
地面に染みを残して消えていくだけのソレが、酷く悲しくて、惨めで、嫌になる。
――泣いても何にもならないのだ。
地面に落ちて何も残さないそれらを見て、そう確信した。
「くっ‥‥!」
ごしごしとかなめは涙をこすり、キッと顔を上げると諦め半分宗介のピッチを呼び出してみる。
「ったくなんなの?アイツは何を考え‥‥」
『‥‥千鳥か?!』
今になって突然繋がった。
『‥‥‥‥千鳥?‥‥』
「‥‥ソースケ?!あんたは一体今どこにいんのよ!!!」
『‥‥?!‥‥すまない良く聞こえない。もう一度言ってくれ。』
「だーかーら!!大役すっぽかして何処に行ってんのかって聞いてんのよ!!!」
『‥‥説明も無く本当に済まない、しかし今回は非常に‥‥‥‥‥‥任務で‥‥‥‥君‥‥は‥‥ないと‥‥て』
なにやら電波状態が良くないようで、宗介の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
「すまないじゃ無いわよ!! 何なのあんた?
あんたのせいで、どれだけ迷惑したと思ってるの?!!
分かってんのあんた? あんた今日の主役だったのよ?!それに今日は‥‥
‥‥あんた一体ど落とし前つけてくれんのよ?!ええーーー??!!」
かなめは一気にまくし立てた。携帯に向かって。
『‥‥それは‥‥、本当に申し訳ないしかし‥‥』
「しかしじゃなーーーい!!」
『‥‥面目無い、だが‥‥ くっ!』
ザザッザッ
急にノイズが混じり、遠くの方から何やら爆音らしくものが聞こえてきた。
途端にかなめは心臓を鷲掴みにされた様な、鈍い衝撃を覚える。
「‥‥何? あんたまた‥‥戦争中‥‥?」
『‥‥俺は、今‥‥‥‥‥‥うわっ‥‥‥‥‥‥‥!!‥‥‥‥』
ゴッ‥‥‥‥
という鈍い音と共に、宗介からの応答が一切途絶えた。
「‥‥宗介‥‥?」
ツーッツーッツーッ
受話器からは一定の電子音が虚しく響いており
その音よりもさらに大きく、ドッドッドッドッ‥‥と自分の内側から、血の巡る音が聞こえていた。
爆音、悲鳴‥‥。何‥‥何なの?わけが解らない。
しかし段々と思考が冷静さを取り戻す。
きっと彼は危機的状況だ‥‥
「あたし‥‥自分の事ばっかり‥‥、ソースケ‥‥‥‥」
震える声でかなめは搾り出す。
あたし‥‥どうしたら‥‥! 待ってるだけじゃダメだ‥‥、考えてるだけじゃ‥‥。
混乱する頭のどこかで、こうしては居られないという意識が生まれてくる。
行かなきゃ‥‥、何処に?分からない‥‥、でも行かなきゃ!!
立ち上がろうとする足が震える、それでもようやく一歩踏み出すと、そのままかなめは飛び出した。
諦めない、絶対!! ‥‥行かなきゃ!!会いに行かなきゃ!!!
*************
日本列島に程近い無人島、その日その上空一帯に重い雲が広がり、強い雨が降っていた。
その島の一部の空間が不自然に歪んでいて、その周囲は酷く破壊されてる。
突如、歪んだ空間から物体が現われる。ARX-7、アーバレストだ。
「くそっ!!」
宗介は悪態をついていた。
その日の朝、宗介は突然ミスリルの任務で召集をかけられていた。
ある島に、不穏な動きを見せる組織が潜伏している可能性がある。
その調査を行い、発見次第報告せよ、というものだった。
あくまでも慎重に、調査を遂行するだけの任務だったが繊細な注意が要される。
万一の事態に備え、急遽宗介は動員されたのであった。
2機のAS、アーバレストともう一機はクルツのM9だ。
彼らはECSを作動させ、息を殺して島への上陸を試みる。
しかし、次の瞬間、島の上空一体に不自然な黒い雲‥‥いや、スモッグと言うべきか。
あっという間に島全体を覆いつくし、激しい雨が透過した機体を露わにしてしまった。
――嵌められた!!
気付いた時には上空からのミサイルが機体を直撃していた。
短い沈黙の後、宗介のヘッドホンから声が届く。
『ウルズ7‥‥聞こえてるか、ウルズ7‥‥ソースケ!!』
『‥‥クルツか、ああ聞こえている!』
『こりゃどう見ても人工スモッグだ‥‥ちっ、古い手を使いやがる
しかし、俺たちはどうも‥‥、まんまと嵌められたらしいな。』
『そのようだ』
人工スモッグは、古典的な手段で、昔中国の軍が使用していたとか言う話を聞く。
その目的は、雨による視界不良や足止めに過ぎず、特にASが普及した昨今では使われる事は少ない。
『上に何か居る、こちらの位置を把握しているようだ、狙っている』
『ああ分かってる、しかし何故だ‥‥コッチからは奴の位置が分かんねー』
そう、何処を見てもサーモグラフィーは居る筈の敵機の熱を感知しない。
『この雲が、熱を遮断しているのか‥‥?ではこの雲をやぶるしかないか‥‥』
『そうだな‥‥何にせよ、ここに留まってれば、向こうの掌の中だ‥‥』
意見が一致し、2機のASは天に向かって跳躍する。
暗雲の海に突入しようとする、次の瞬間。
『ぐわっ‥‥‥‥!!』
ヘッドホン越しにクルツの悲鳴が聞こえたかと思うと、宗介の体に強い電流が走った。
「ぐっ‥‥‥‥‥‥!!」
宗介は鋭い痛みに短い悲鳴をあげる事しか出来なかった。
激しい電流に手足の筋肉が強張り自由を奪われてしまった為だ。
そのまま2機はぬかるんだ大地に叩きつけられてしまう。
仰向けに倒れモニター越しの視界には、どんどん濃さを増す雲が広がっていた。
指は‥‥まだ動かない、足の指も‥‥これもダメだ。
「ぐっ‥‥‥‥」 辛うじて口は動く。
『ぐっ‥‥‥‥ウルズ6!!聞こえるか‥‥?』
『ああ、なんだあのスモッグ、アレに何か‥‥』
< 軍曹殿、スモッグの成分を分析しましたが >
もう一つ声が混じった。宗介のASの人口知能、アルだ。
宗介はクルツにも聞こえるよう、オープン回線に繋ぐ。
「アルか、どうだ‥‥?」
< あのスモッグはナノテクノロジーの産物です、無数の分子が絶えず振動しており‥‥
つまり、常に高圧の電流が流れている状態です、通常の機体ではアレを突破する事は不可能です
しかしラムダドライバを駆動できれば、あるいは‥‥>
「くそっ‥‥迂闊だ‥‥」
ラムダドライバ‥‥、駆動させようと試みるも、そもそも全身の筋肉がまだ言う事を聞かない。
『ソースケ!!』
そこに矢継ぎ早にクルツの声が飛び込む。
その声が緊張のニュアンスを含んでおり、嫌がおうにも心拍数が上がる。
『ダナンとの連絡が取れない‥‥、外部との連絡が絶たれている!!』
『なっ‥‥』
そう、PHSの通話が絶たれた時、気付くべきだった。
外部の反応が皆無である事、彼らのピンチに、ダナンからなんの反応もない事を。
< ‥‥どうやらあのスモッグが通信を遮断してしまっているようです >
「‥‥‥‥?!」
閉じ込められた。そう最初からそれが敵の目的だったのだ。
後悔の言葉を吐く間も無く、さらなる衝撃が彼らを襲ってきた。
上空からのミサイルが、容赦なく動けない彼らを直撃する。
「くぅッ‥‥!!」
機体を通して、衝撃がコックピットに伝わってくる。
動かない体を容赦なく痛みが襲う。
クルツは‥‥‥‥?もう分からない。 何も出来ずただ痛みを耐える事しか‥‥
不意に被弾する音が遠くなり、痛みも感じなくなってきた、
攻撃が止んだのか‥‥?
それもある、動かない自分たちにこれ以上の攻撃の必要が無いと判断したのだろう。
しかしこの感覚は、これは、意識が薄れていくのだ。
‥‥‥‥‥‥
どこまでもどこまでも、底の無い闇に落ちていくような感覚。
次第に自分の外側の方から、形が失われていくような、そんな気がしていた。
『消失』
その言葉が相応しいと思った。
自分の手が、足が、心が。 何もかも消えてなくなる事を死と呼ぶのだろう。
何時かこの瞬間が来るだろうと思っていた、自分の最期はこうだろう、とも。
だから驚くほどに、自分の死に対して従順だ。
この後どうなるだろう‥‥ふいに考えた。
恐らく、異常を察知したダナンからの援軍が着く筈だ、もう動いているだろうから。
何者かの暗躍は、きっと止めることが出来る。
自分が居なくても、誰かがやる。それが巨大組織のサイクルというものだ。
やがて夜が開け、何時も通り、朝は来るだろう。 そう、何時も通りだ‥‥『問題ない。』 だけど‥‥。
―‥‥怒られるのではないだろうか。
こんな時に、まるでイタズラがバレはいないか怯える子供の様な思いが、どこかから浮かんでいた。
誰に‥‥?何を‥‥?
―‥‥きっと怒るだろう、‥‥それから悲しむだろうか‥‥?
誰が‥‥?何を‥‥?
かみ合わない無意識と意識を重ね合わせ、その何かを明らかにしようと願うが、意識は闇へと堕ちて行く。
――‥‥ソースケ!!
突然どこかから声がした。聞こえるはずの無い声が。
『‥‥スケ!ソースケ!!‥‥応えて‥‥よ‥‥バカ!!――
途切れ途切れに聞こえる。ほら、やはり怒っている。
最期に自分の望みが作り出した幻聴だろうか、それでも嬉しい、聞けて良かった。
先程の誰が?という問答の答えは今出た。簡単な事。
でももう、駄目だ、このままもう‥‥‥‥‥‥
僅かな光が一つの点にまで収縮しようとしていた、その時だった。
――‥‥‥‥ねぇ‥お願い‥ら‥‥‥死なないで‥‥!』
ハッキリと聞こえてきた、次の瞬間。
永遠に続くと思われた闇が一気に去り、轟々と真っ白い光が自分の中を駆け巡る。
それは光と共に、ある光景を連れて来た。
自分が居る、笑っている、踊る心、輝く世界、青空、太陽、その中心に
『ソースケ‥‥生きて‥‥』
彼女。
「‥‥?!!!」
次の瞬間、一気に覚醒した。
目前にアーバレストのモニターが点滅しているのが確認できた。
全身に、確かな痛みを感じる。そう、生きている。 そう確信すると突然、聴覚が完全に復活した。
『‥‥ザザッザッザーーーーーー』
それは無線のノイズ、つまりどこかの誰かとの通信回線が通じていて‥‥
ということは‥‥‥‥‥‥!!
目を凝らし、上空を見上げる。
回線が通じると言うことはつまり‥‥、そう、それはすぐに確信へと変わる。
宗介の眼は、幾つかの星の光を確認した。厚い暗雲に僅かであるが切れ目が出来ていた。
「今なら!」
懇親の力を振り絞って宗介は操縦桿を握り上体を起こす。
パイロットに応じるようにアーバレストは立ち上がり、そのまま天高く跳躍した。
アーバレストはスモッグの間を縫って、雲を突き破り、果てしない空に躍り出た。
その瞬間、モニター越しにではあるが、宗介の両目に無数の星が飛び込む、
それは星の群集、確認しなくても彼には分かった、これが、天の川‥‥。
その遙か向こうに、居た。たった一体の敵機。なんと滞空用の粗末な装置を施した旧型のASだ。
こんな時に、つい宗介は七夕の事を思い出していた。
今なら、ヒコボシとかいう輩の気持ちも分からなくも無い‥‥。
――恋しい気持ち。
だけどやっぱり。 「解せない!!」
< 何がですか? >
宗介は悪態を一つつくと、アルが反応した。
「煩い、行くぞ、アル」
< 了解、もう既にラムダドライバは100%駆動しています、何時でもどうぞ >
会いたければ、俺なら会いに行く。どんな事をしてでも!
「うおぉおおおおおおおおお!!!」
叫びと共に、虹色の光が星の河と平行に疾る。
敵機ASは反撃する間も無く、光の中に消えて行った。
*************
『ソースケ?!ねえ聞こえてるのソースケ?!‥‥ねえ‥‥返事を‥‥‥‥』
スモッグが晴れていくのと併せ、回線が復活したようだ。
先程の声はどうやら幻聴ではなかったらしい。
地に下りながら、宗介はかなめの声を聞いていた。
『ソースケ、無事か、ソースケ?!』
『相良さん?!クルツさん?!聞こえてますか?一体何が‥‥?!』
同時になだれ込むように、方々から通信が飛び込んできた。
クルツと、ダナンのテッサだろう。
しかし宗介は、唯一つの回線にのみ応答した。
『千鳥‥‥‥‥‥‥?!』
『ソースケ?!ソースケなの?!良かった、ねえ大丈夫なの?!』
『大丈夫だ、危なかったが、問題ない。』
『ソースケ、良かったよ、本当に、ソースケぇ‥‥‥‥。』
ヘッドホン越しに嗚咽が聞こえてくる。かなめが泣いている。
『大丈夫だ、もう大丈夫、問題ない‥‥‥‥俺は無事だ。』
宗介は自分とかなめに、言い聞かせるように、宥めるように応える。
だから泣くな、と言って涙を拭ってやりたかった。
遠い遠い二人の距離、でもその心はきっと直ぐ傍に‥‥。
『おーーーーい、ソースケこの野郎、返事しやがれこの根暗軍曹!!誰と話してんだーー?!』
そんなムードをクルツがやかましくぶち壊した。 何だか確信犯の匂いがするが‥‥。
『煩い!静かにしてくれ、聞こえない、‥‥カナメだ!!』
『ったく終わった途端これかよ!!なんなんだよオマエはもー、やってらんねえぜこのムッツリ軍‥‥』
ブチッ!!!
宗介は容赦なくクルツとの回線を切りかなめの回線のみに切り替えた。
『カナメ‥‥!!今何処に居る?!』
逸る心に、「かなめ」の呼称の使い分けがクルツに対する時のままである事に宗介は気付かない。
『‥‥え‥‥‥‥!? あ、えっと、宗介の家‥‥、ごめん、携帯がダメだから勝手に部屋の無線を‥‥』
『そうか、分かった、今行く』
『あ、え、ちょっと、今って‥‥あんた何処に‥‥』
呼称とか、色々な事に驚きかなめは混乱しているようだが
『待っていてくれ!!』
それだけ言うと回線が途絶えた。
続く
1の続きです。
「はぁ~‥‥嫌だなあ~どうしてあたしが‥‥」
「お芝居のこと? 大丈夫だよー、カナちゃん舞台栄えしそうだし、お芝居だって簡単にこなしちゃいそうだもん!」
「あはは‥‥アリガト。でもそうじゃなくて‥‥」
「あ、やっぱ相良君の事?」
恭子が尋ねると、かなめは返事の変わりにため息を漏らした。
「そっ。あたしはいいのよあたしは頑張って見せるわよ! でも、あいつにまともな芝居なんて出来るのかしら‥‥
どう考えても、そんな経験無いだろうし、芝居って物を見たことがあるかどうかも怪しいわ‥‥」
「う、う~ん‥‥。そう言われれば、無さそうだね」
でしょーと言ってかなめは深いため息をつく。
「あ、でもさ!」
「ん?」
「七夕のお話なら、きっと恋人同士の役だよね!
そう考えたら、相良君とカナちゃん、上手く行くと思うけどな~。 ホントに仲良しだもんね~♪」
ニコニコしながら恭子はかなめをからかった。
「なっ、ちょっとやめてよ‥‥!!どうして私とあいつが‥‥!! そもそもあの芝居七夕とは名ばかりの戦闘ものじゃないの!」
予想通りの反応、さらに恭子がニコニコとする。
「えーでもラストはちょっと良い感じになっちゃうじゃない♪ ね、しかもさ~、七夕祭といったら打ち上げに花火やるよねー。
カナちゃん知ってる?あれで良いムードになっちゃって、毎年カップルが出来ちゃうらしいよ~。」
「ふ、ふーんそう! ま、あたしにはカンケーないわね!!」
「はいはい♪ もー素直じゃないんだからカナちゃんはー」
軽くたしなめるような恭子に、かなめが何か言い返そうかと言葉を探していた
と、そこへ突然声がかかる。
「や、カナメ!恭子ちゃん、久しぶり!」
はっとかなめが我に返り顔をあげる、
そこには見知った金髪の碧眼の美青年がヘラヘラしながら手を振って立っていた。
「クルツくん!!」
*************
「おいしーーー!」
かなめと恭子はクルツの奢りのアイスに声をそろえて歓喜している。
「で、クルツくんは何しに来たの?」
思い出した、という風にかなめがクルツに話をふったので、クルツはガクリと項垂れた。
「何しにって、そりゃ無いよなカナメ‥‥」
「あはは、ごめんごめん、街でばったり会うなんて珍しいなーと思って。今日は何?プライベート?」
「まあな、ちょっと野暮用で。」
「ふーん。」
そう言って、かなめはさも美味しそうにアイスを口に運ぶ。
「それにしてもなあ、あの宗介が芝居ねえ~。」
アイスに上機嫌だったかなめの表情が途端に強張る。
「‥‥? で、一体どんな劇をやるんだい?」
「‥‥」
かなめが黙秘を決め込んでいるので恭子が変わりに答えた。
「七夕のお芝居だよ」
「タナバタ‥‥?‥‥ああ~ナルホドね~~‥‥」
何かを勘ぐってクルツはニヤニヤしながらかなめを見る。
「‥‥なによ!」
「いやいや、いいんじゃない? まあ、カナメが嫌だって言うなら俺が宗介の代役をやっても良いぜ?」
「結構よ! 大体あんたそんな暇無いでしょ?!」
「いやー結構そんな事無いぜ? 最近はダナンの掃除ばっかだよ。」
「へえー。だからサボって来たってわけね!」
「お、流石カナメちゃん!!鋭いね~、‥‥あーでもそいや今度から暇でも無くなるかな~。」
「ん?何て言った?」
言葉尻が小さかったので、かなめには良く聞こえなかった。
「いや、こっちの事!それよりタナバタと言えば‥‥」
「ん?」
意味深にニヤッと笑うクルツを、かなめと恭子が覗き込む。
「アイツの誕生日だったな~ まあ書類上のだけど」
*************
――その翌日、1日早く信二が台本を完成させて来た。
それまでの間、かなめはビクビクして過ごしたものだったが、
蓋を開けてみれば、何のことは無い、かなめの杞憂であった事が判明した。
課題であった宗介の芝居も、どうやら大事無く済みそうだ。
某生徒会長が伝統行事を穏便に済ませたいらしく、宗介になにやら言付けていた為だ。
度々、「リアリティが足りない」と言っては爆薬を仕掛けようとしたり、実弾を使おうとしたり‥‥
やや難あったがそこはかなめも手馴れたもので、上手くたしなめていた。
演技自体は‥、そもそも主役の台詞からキャラクターから何から何まで宗介そのままであり、
演じている‥‥というよりも、何時もの宗介そのままだったから、上手い下手は問題ではない。
「だから私達を指名したのね‥‥。」
合点が行くと同時にかなめはほっと胸を撫で下ろしす。
――7月6日
驚くほど順調に準備は進み、7月7日が近づいていく。
そして実は、かなめはその日を心待ちにしていたのだ。
‥‥
「誕生日かあ‥‥」
演技でも、ちょっとした恋人ごっこ‥‥それで若しかしたら意識しちゃったりなんかして‥‥
そうだ七夕祭の花火‥‥やっぱり誘ってみようかな‥‥。
うん、それでもっと、なんていうか、イイ感じになっちゃったりして‥‥。
それから、誕生日おめでとうって言えたら‥‥。少しは二人の関係も変わるんじゃ無いかな‥‥。
そんな淡い期待を秘めて。
その日は、明日に備え、準備や何やらで学級委員のかなめとその補佐の宗介の帰りは随分遅くなり。
誰も居ない夜道を、二人で並んで帰った。
「あのさ‥‥ソースケ」
「なんだ?」
「明日七夕祭じゃない? で、終わったら実は学校に戻って花火をやるの。」
「火花?」
「花・火!!」
夜道の静かな良いムードが急にコントのように変わりそうになるので、かなめは慌てて軌道修正を試みる。
「‥‥で、自由参加なんだけどね、その、一緒に行かない?」
「ああ、構わないが」
「良かった‥‥、その~~‥‥」
かなめが髪の毛を触りながら何やら口ごもるが、直ぐにまた宗介を見て続けた。
「言いたい事があるから、必ず来てよねっ!!」
「そうか、解った、必ず行く事にしよう」
「うん‥‥ねえソースケ」
「‥‥?」
「明日、天の川見えるといいね!!」
続く
注意:今日が7月7日だと思って下さい。
偽造文書上の誕生日おめでとう!(笑)ウルズ7!!記念SSです。
ぶっちゃけ何も考えずに勢いだけで書き殴った実験的SSです;
ごめんなさい、時間無かった;;なんだこのタイトル!!(笑
色々無理がある感じでアレな感じですが、どうぞ!
1話は飛ばしてもいいかも。;
「え~。 と、いうことでー! 今度の七夕でやるウチの出し物を決めたいと思います! 銘々意見を出してちょうだい!」
学級委員長の千鳥かなめが教壇に立ち、クラスに呼びかけた。
その顔は、義務感とやる気に満ち溢れ、『学級委員の鏡』と言ったところだった。
『七夕の出し物』とは、陣大高校の夏の風物詩である。
元々は近所の幼稚園の七夕祭りで歌を歌ったり、出店を出したり‥‥という活動に起源を置いているらしいが
そのイベントが最も評価されたクラスは、市長から豪華景品を貰えるとあり、この時期の陣校生達は動機は不純ながら異様な盛り上がりをみせる。
はずだったのだが‥‥‥‥
「ん~笹でも飾って~短冊でも書けば良いんじゃな~い」
「それでいいとおもーう」
「さんせーい」
「異議無ーし」
委員長のやる気とは裏腹に、クラスのアチコチからやる気の無~い気だる~い返事が返ってきた。
それと言うのも無理も無い、7月に入ったばかりだというのに、その日の気温は35度を回っており
エアコンも付いていない狭い教室に押し込められれば、その不快さたるや想像に難くない。
そのうえ (恐らくコチラの方が彼らのやる気の欠如の原因として有力だが) 今年の市長からの『豪華景品』は「便利調理具一式」らしい。
自炊とは縁遠い彼らには何の魅力も無い報酬である。
だからこの顛末は仕方ない、予想もしていた。
そう、仕方ない。それはかなめも分かっている、が。
「あーだりー」
「あーあぢー」
かなめには、このだらけたクラスメイト達を野放しするわけにはいかない理由があった!
『バンっ!!』
かなめが教卓を叩きつけると、ざわついていた教室が水を打ったように静まり返る。
それを確認してかなめが吼える。
「‥‥だーかーるぁ~!!!! 笹飾って短冊を書く、その『所謂七夕』を盛り上げる為に出し物をやろうって言ってんのよ!!」
一瞬ひるんだもののクラスメイトも負けじと応える。
「‥‥でもなあ~」
「暑いし‥‥」
「だるいし‥‥」
依然、やる気の欠片も見られない。
そんな彼らを一瞥して、かなめが悔しそうに握りこぶしをわなわな震わせながら力いっぱい語り始めた。
「あぁっ‥‥嘆かわしい‥‥!!」
「ち、千鳥さん‥‥‥‥?」
「一体何を言っているのあなた達‥‥?!
これが何の為のイベントか解ってるの? いたいけな子供達の為のイベントなの!!
‥子供たちの願いを、七夕という形で聞いてやろうとは思わないの?! 喜ばせてあげようとは思わないの?!」
熱く語るかなめに圧倒されると同時に、その言葉の一つ一つが彼らの心に突き刺さる。
「千鳥さん‥‥‥‥」
「千鳥‥‥」
――ああ、なんて立派なんだろう。
この暑いのに、この責任感。出来ない、自分にはとても出来ない。
「それに‥‥」
クラスがまさに一つになろうとしているところ、かなめは続けた。
「それに‥‥‥‥?」
クラスメイトは委員長の言葉を待つ。
「便利調理具一式、‥‥景品だって、なんとも魅力的だと思わないの?!」
‥‥‥‥‥‥
(そっちかよ!!)
別の意味でクラスの心が一つにまとまり、次の時にはまた「あつーい」だの「だりー」だのが始まった。
「くっ、何よ! ル・ク●ーゼよル・ク●ーゼ?!所詮あんた達にはその価値は解らないでしょうよ!!」
一体どれだけの奥様が泣いて喜ぶとでも‥‥とかなんとか言いつつかなめが心底悔しそうに呟いている。
「あーもう、なんでも良いから意見よ意見!!なんか無いの?!決まるまで帰れないわよ?!」
開き直ったかなめは、学級委員の最後の手段で発する呪文。 『終わるまで帰れないわよ』を放った。
しかしそれもイマイチ効果を示さず、クラスの連中は相変わらずの態度だ。
これまでか‥‥とかなめが思ったところに、ふいに一人の意見があがった。
「子供向けの狙撃講習などはどうだろう」
言葉を発したのは、ザンバラ髪にむっつり‥‥言わずもがなの相良宗介だ。
実のところ、HRが始まった時から彼は意見するべく挙手していたのだったが、委員長の眼中から除外されていたようで‥‥
しびれを切らした彼は、当てられても居ないのに意見したのだった。‥‥が。
「もー、少しは協力的になってくれないかな~。いっちょやってみると楽しいわよきっと!」
依然、かなめは彼をスルーしている。
「狙撃主養成講習がいいと思うぞ、子供とは言えこの世の中命を狙う者は幾らでも居る。
弱者の立場に甘えてはいけない、目には目を、狙撃主には狙撃主を‥‥だ。」
何も聞こえていない、と言った様子でかなめは続ける。
「誰も意見しないってんなら、コッチから指名していくわよー?! オノD! なんか出しなさい!!」
唐突なかなめのフリに『げっ』という顔をしてからオノDこと小野寺孝太郎は応える。
「えー、んな無茶な‥‥‥‥
‥‥そうだなあ、『ドキッ!女だらけの水泳大会』なんてどうだー?夏だしよ~、暑いしさ~、フンイキ出ると思うぜー!」
その応えに、かなめが露骨に嫌な顔をした。
かなめだけでなく、可哀想に孝太郎はクラス中の女子から「やだー、オノDのスケベ!」「変態」「サイテイ」などなど酷評を受ける事となる。
(だから嫌だったのに‥‥!!)
(いや、良く言った! お前は男だ!!)
孝太郎の心は折れそうだ。クラスの男子からは同情と敬意の眼差しが注がれている。
「七・夕だっつってんの!!何が悲しくて水着着て短冊書かなきゃなんないのよ、論外よ論・外!!
次、えーと誰か‥‥‥‥‥‥」
「狙撃講習を推奨する、君達は解っていない日常に潜む危険を‥‥それを」
――シュッ!! ガッ!!
それは一瞬の閃光のようだった。
クラスメイトがその閃光の向かう先に目を向けた時には、初夏の陽炎の中、相良宗介がむくりと起き上がろうとしていた。
‥‥あたりには、教材の巨大な三角定規やら分度器やらが転がっている。
「何をする、千鳥」
「やっっっかましい、あーーー!!このくそ暑いのに!!
狙撃主とか命を狙うとか言うな!七夕よタ・ナ・バ・タ!!あんたはそこで寝てなさい!!」
「むぅ‥‥、しかしだな狙撃の訓練というものは幼少の頃から‥‥というより何なのださっきからその、タナバタとかいうのは。」
「は?ああ、あんたは知らないわよね」
やれやれ、と思いながらもそこは真性世話好きのかなめであった。
HRの最中だと言うのに御丁寧に解説を始めてしまう。
「あー‥‥七夕って言うのは日本の伝統行事で、織姫と彦星がうんたらかんたら‥‥‥‥」
「‥‥ふむ‥‥、なるほど」
宗介は大人しく聞いていたが、聞き終わると何やら思案顔で唸り出す。
「‥‥しかし解せない何故」
(あーなんか何時ものコントが始まった‥‥)
一方で放置されているクラスメイト達、 いよいよ収集がつかなくなるか‥‥と思い始めた頃。
「‥‥‥‥えーと。劇とか‥‥どうかなあ」
小柄な眼鏡の男子生徒、風間信二が意見を出した。
「ん?何々風間君?!劇?いいじゃない!どんなの?」
言葉途中の宗介を張り倒して、やっと挙がったまともな意見にかなめは飛びついた。
「えーと、恥ずかしいんだけどさ、実は僕最近自作フィルムの撮影に凝ってて~。 お芝居のシナリオとかも書いてるんだけどさ‥‥。」
「うんうん!」
信二のカミングアウトにはかなめのみならずクラス中が興味深々な様子だ。
「どうかな、よかったら僕に一つ、七夕のお芝居、書かせてもらえない?」
‥‥信二が自ら台本を書くというなら、自分達に周る仕事は少ない、そして何より早く決めてとっとと帰りたい!!
「おおーーー!!」
「いいじゃん風間~!!」
「風間君偉い!!」
クラス中から盛大な拍手と賞賛の声を浴びた。 まあ彼らの心中を知るはずなく信二はもうノリノリだ。
「へへへ~、任せてよ、じゃあ明後日までには台本を~‥‥」
話はまとまりそうだ、これで終わる! かなめも含め全員がそう思っていた時。
「待て、風間」
空気を読めない者が約一名‥‥。宗介だった。
「何?相良君?」
「タナバタの芝居とは、つまり先程千鳥が言ったようなオリヒメやらヒコボシやらの話をやるという事か?」
「うん、勿論そうだけど?」
「ならば駄目だ。」
「えっ‥‥?」
その言葉にクラス中が固まった。
「ちょっ‥‥ソースケ?!」
いち早くかなめが突っ込む。
「なっ、てめー相良!折角話しがまとまりかけてるってのになんて事を!」
「そうよそうよ!一体何の権利があってそんな横暴を!!」
『早く帰りたいんだ俺たちは!!』 ‥‥一致団結したクラスに流石の宗介も気圧されそうになるが、続ける。
「落ち着くんだ、聞いてくれ。俺は何もタナバタの芝居が駄目だ、と言っているのではない。」
「‥‥と、いうと?」
信二が訊く。
「ヒコボシとかいう男が駄目だと言っているのだ。
敵の妨害があったからと言って引き下がるなど愚の骨頂。プロならそう簡単に目的を諦めたりしない」
「なんのプロよっ!」
嫌な予感がしてきたかなめが突っ込むが、宗介は続ける。
「宇宙空間の星を隔てて会う事が叶わない‥‥というのも良くわからん、現実離れしすぎている。
そこでどうだろうか、地域紛争が悪化した結果、国境で隔てられた男女の兵士が血の誓いを果たすべく
あらゆる兵器に屈さず再会を果たし、ついには宿敵への報復を‥‥」
スパーーーーーン!!
話も半ば、痛快な音と共に宗介は教室の隅にぶっ飛んだ。反対側ではかなめがハリセンを握り締めている。
「あーもう、黙って訊いてりゃこの戦争ボケは!!人の説明の何を聞いてたのよ?!
何が血の誓いよ、何が報復よ!!恐ろしい事いってんじゃねーってのよ!!
ロマンよロマン!!切なく燃え滾る男女の~‥‥!」
「いいよそれ!すっごくいい!!」
「は?」
かなめは一瞬耳を疑った、空耳かと思った。だがそれは誤りだった。
よりによって信二が、発案を宗介にダメ出しされた信二が。
目を輝かせ、宗介の意見を肯定している。
「血とか報復とか‥‥はどうかと思うけど‥‥。こてこての恋愛劇は僕もどうかと思っててね‥‥。
子供向けの劇なんだけど、今時の子供にはウケないんじゃないかな~とも思うし。
地域紛争とか、そういうリアルな社会問題を出すのは僕もアリだと思うんだよ!勉強にもなるし!!」
なるほど‥‥一理ある。信二の熱意にかなめもついつい納得しかけたが‥‥。
「いやでも幾らなんでも子供向けのお芝居に‥‥」
何か軸がずれてる気がして頑として止めようとする。が。
「いいじゃん、面白そう!」
「うん、もういいよそれでー!風間もやる気だし!」
しかしそんなかなめの気苦労も知らず、クラス中がもはや宗助に賛成ムードだ。
『なんでもいいから早く帰りたいんだ!』正しい判断力が損なわれていた事も手伝って‥‥。
こうなっては流石のかなめも、折れずには居られない‥‥というより何だかもう「なる様になれ」という気分だった‥‥。
「あーはいはい、じゃあそれで決まりね。 取りあえず風間君、悪いけど明後日までには台本ヨロシクね。」
渋々了承して、信二に仕事を託す。
「オッケー!任せて。全然構わないよ!でもその代わりといっちゃなんだけど‥‥」
「なに?」
かなめは首をかしげる。
「主役は、相良君と千鳥さん、この条件を飲んでもらっていいかな?」
「はーーーーーーーーっ?!!」
「む?」
信二の思いもよらない条件に、かなめが絶叫する。
「この戦争ボケと?お芝居?私が‥‥?!‥‥風間君正気で‥‥」
取り乱すかなめ、しかし信二はしたたかに応える
「勿論♪ 嫌なら僕書かないからね。 ‥‥じゃ、僕用事があるからもう帰るよ。」
あっさり言い放つと、スタスタと帰ってしまった。
「ちょ‥‥待って。」
可哀想に呆然とするかなめ。
人事と、クラスの面々もぞろぞろと帰り支度を始める。
最終的に、かなめと宗介がぽつん‥‥‥‥と教室に取り残されてしまった。
「俺は別に構わんが」
「構うわ!!!」
スパーーーーン!!
本日2度目の快音が夏の夕空に響き渡った‥‥‥‥‥‥。
続く
*******
数分間そのままの状態で立っていた。
ぐすぐすと泣くかなめ、ただ肩に手を置いただけで何も言えない宗介。
良く考えれば今は下校途中だ、行き交う人々に何度かヒソヒソと言われて居た様だったが‥‥。
「ぐすっ‥‥‥‥ぐす。で、何を言おうとした訳?」
先ず少し落ち着いたかなめが沈黙を破った。
「いや‥‥、さっき言おうとして居たのだが‥‥君が」
そう、かなめの言葉に掻き消されていたのだった。
「は?あたしが?何?!」
「いや‥‥何でもない‥‥」
「‥‥変なの?」
言うと宗介が差し出したハンカチを無遠慮にぶん取って、少し笑った。
それを見た宗介がほっとして話を切り出す。
「面目無い‥‥、
ただ君が憂慮するような内容ではない事は保障しよう。‥‥‥‥多分」
「どっちよ!」
「いや、問題ない」
「何が?!」
「つまりだな‥‥‥‥」
「ふんふん?」
興味津々と言った様子のかなめの顔が、ぐーっと近寄る。
多分今日の最接近だ、
こんなに睫毛は長かったのか、とか、こんなに肌は艶っぽいのか、とか
近づくに連れ、自分との出来栄えの差に驚いてしまう。
彼女の前髪の一本一本まで見え、ついでに鎖骨と着衣の隙間が垣間見え‥‥‥‥
‥‥‥‥!!
途端に宗介は眼をそらす。
「こら、眼を逸らすな!!
何よ、なんか怪しい事でも企んでるってんじゃないでしょうね?!」
「いや、企んでない、企んでないが非常にまずい」
かなめが怪訝な顔でさらににじり寄る、宗介は困惑して大量の汗を流す。
「だから、何がっ?!てかコッチ見て言いなさいよ!!」
「すまないが、それは無理だ、出来無い。」
「な・ん・で・よっ!!」
宗介の訳の分からないボケに苛立ったかなめは、
彼の胸倉を掴んでガクガクと振り回した。
もう涙なんて微塵も残っていない。
「ぐっ‥‥、兎に角だ、今日は非常に、戦況は不利だ。」
「‥‥はあ?‥どいうこと?」
「つまりだ、今日はその‥‥場所も良くない。
この事を君に話すのは相応しくない。
君さえ良ければ、日を改めたいと思うのだ。」
「う、うーん‥‥まあ別に良いけど‥‥何よ改まって‥‥」
「感謝する、では、デートを要求する」
「はいはい、いーわよデートね、デート。
‥‥ってデート?!!」
「そうだ‥幸い明日から休みだ、特に任務も無い。
君の都合さえよければ‥‥の話だが。」
驚いたと同時に、突然の申し出に顔を真っ赤にするかなめ。
しかしそれも束の間、一つの疑惑が首をもたげる。
それは‥‥。
「ソースケ‥‥、あんた分かって言ってるの?」
「肯定だ、男女が日時、場所を定めて会う事を言うのだろう?」
「まあ、その通りだけど、‥‥‥‥意味は分かってないわよね。うははっ」
やっぱりね、と、肩を落とすかなめに気付かず宗介は続ける。
「返答を先送りしてすまない、だが、君とゆっくりと話しがしたい。
それと‥‥、君と一緒にやりたい事もあるんだ。だから。」
「‥‥だから?」
‥‥これはひょっとして。
胸の高鳴りを抑えようとばかりに息を呑み、かなめは言葉を待った。
「明日は君と一緒に過ごしたい。
申し訳ないが、俺に時間をくれないだろうか‥‥?」
明日は特に予定も無い。
予報では天気も快晴。
断る理由は一つも無い。
「別に、いいけど?」
そして何より。
――デートって意味‥‥、分かってるんじゃない。
かなめは上機嫌だった。
「ソースケ、楽しみにしてるわよ!」