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2の続き。
*************
――7月7日七夕
いよいよ今日は七夕祭当日だ、そして宗介の‥‥
ところがその日。相良宗介の姿は無かった。
<急用が出来た、ハナビまでには必ず戻る>
かなめの携帯にメールだけを残して。
「も、もう時間無いよーーー!!」
「カナちゃん、相良君のPHS、全然繋がんないの?」
「繋がんないわよっ!!!」
「ど、どうすんの?」
「くっ‥‥こうなったらもう自棄よっ!!やるっきゃない!!恭子、来て!!!」
「えーー?!か、カナちゃーん?!」
その日のかなめの努力は実に涙ぐましいものだった。
結局、宗介の代役をかなめが務めた。
もう一人の主役である彼女は宗介の台詞も全部頭に入っていたのである。
そして、かなめの役を恭子に演じてもらった。
かなめの練習に付き合っていた恭子も少しは台詞が頭に入っており、加えてかなめのフォローでなんとか形となった。
そして打ち上げの花火大会が始まる。
「お、終わったー‥‥!!」
「あー一時はどうなる事かと思ったよ。」
何とか無事に済み、クラスの面々も安堵の表情を浮かべている。
かなめの頑張りで、劇は立派に仕上がり、原作者の信二も実に満足気だ。
「それにしても千鳥さんは本当に凄いよ、突然の代役を完璧に‥‥て千鳥さん?」
「‥‥カナちゃん‥‥?」
先程まで恭子の隣に居たはずのかなめがどこにも見当たらない。
パチッパチッ‥‥ヂヂッ‥‥
かなめは皆から離れ一人、線香花火をしていた。
全てが終わった途端、こらえた筈の涙が込み上げて来て、慌てて皆の輪から逃げ出したのだった。
空には満点の天の川。今頃七夕伝説の主役たちは仲良くデートでもしてるに違いない。
‥‥でも自分たちは‥‥。
この美しい星を一緒に見たかった、それから‥‥‥‥。
「バカッ‥‥あのバカ‥‥‥‥」
待っていたのに、結局戻って来なかったじゃない。
「バカ‥‥」
今日じゃなきゃダメなのに。
「バカ‥‥」
ジュッ‥‥
線香花火の火と共に、涙が一粒、地面に落ちた。
地面に染みを残して消えていくだけのソレが、酷く悲しくて、惨めで、嫌になる。
――泣いても何にもならないのだ。
地面に落ちて何も残さないそれらを見て、そう確信した。
「くっ‥‥!」
ごしごしとかなめは涙をこすり、キッと顔を上げると諦め半分宗介のピッチを呼び出してみる。
「ったくなんなの?アイツは何を考え‥‥」
『‥‥千鳥か?!』
今になって突然繋がった。
『‥‥‥‥千鳥?‥‥』
「‥‥ソースケ?!あんたは一体今どこにいんのよ!!!」
『‥‥?!‥‥すまない良く聞こえない。もう一度言ってくれ。』
「だーかーら!!大役すっぽかして何処に行ってんのかって聞いてんのよ!!!」
『‥‥説明も無く本当に済まない、しかし今回は非常に‥‥‥‥‥‥任務で‥‥‥‥君‥‥は‥‥ないと‥‥て』
なにやら電波状態が良くないようで、宗介の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
「すまないじゃ無いわよ!! 何なのあんた?
あんたのせいで、どれだけ迷惑したと思ってるの?!!
分かってんのあんた? あんた今日の主役だったのよ?!それに今日は‥‥
‥‥あんた一体ど落とし前つけてくれんのよ?!ええーーー??!!」
かなめは一気にまくし立てた。携帯に向かって。
『‥‥それは‥‥、本当に申し訳ないしかし‥‥』
「しかしじゃなーーーい!!」
『‥‥面目無い、だが‥‥ くっ!』
ザザッザッ
急にノイズが混じり、遠くの方から何やら爆音らしくものが聞こえてきた。
途端にかなめは心臓を鷲掴みにされた様な、鈍い衝撃を覚える。
「‥‥何? あんたまた‥‥戦争中‥‥?」
『‥‥俺は、今‥‥‥‥‥‥うわっ‥‥‥‥‥‥‥!!‥‥‥‥』
ゴッ‥‥‥‥
という鈍い音と共に、宗介からの応答が一切途絶えた。
「‥‥宗介‥‥?」
ツーッツーッツーッ
受話器からは一定の電子音が虚しく響いており
その音よりもさらに大きく、ドッドッドッドッ‥‥と自分の内側から、血の巡る音が聞こえていた。
爆音、悲鳴‥‥。何‥‥何なの?わけが解らない。
しかし段々と思考が冷静さを取り戻す。
きっと彼は危機的状況だ‥‥
「あたし‥‥自分の事ばっかり‥‥、ソースケ‥‥‥‥」
震える声でかなめは搾り出す。
あたし‥‥どうしたら‥‥! 待ってるだけじゃダメだ‥‥、考えてるだけじゃ‥‥。
混乱する頭のどこかで、こうしては居られないという意識が生まれてくる。
行かなきゃ‥‥、何処に?分からない‥‥、でも行かなきゃ!!
立ち上がろうとする足が震える、それでもようやく一歩踏み出すと、そのままかなめは飛び出した。
諦めない、絶対!! ‥‥行かなきゃ!!会いに行かなきゃ!!!
*************
日本列島に程近い無人島、その日その上空一帯に重い雲が広がり、強い雨が降っていた。
その島の一部の空間が不自然に歪んでいて、その周囲は酷く破壊されてる。
突如、歪んだ空間から物体が現われる。ARX-7、アーバレストだ。
「くそっ!!」
宗介は悪態をついていた。
その日の朝、宗介は突然ミスリルの任務で召集をかけられていた。
ある島に、不穏な動きを見せる組織が潜伏している可能性がある。
その調査を行い、発見次第報告せよ、というものだった。
あくまでも慎重に、調査を遂行するだけの任務だったが繊細な注意が要される。
万一の事態に備え、急遽宗介は動員されたのであった。
2機のAS、アーバレストともう一機はクルツのM9だ。
彼らはECSを作動させ、息を殺して島への上陸を試みる。
しかし、次の瞬間、島の上空一体に不自然な黒い雲‥‥いや、スモッグと言うべきか。
あっという間に島全体を覆いつくし、激しい雨が透過した機体を露わにしてしまった。
――嵌められた!!
気付いた時には上空からのミサイルが機体を直撃していた。
短い沈黙の後、宗介のヘッドホンから声が届く。
『ウルズ7‥‥聞こえてるか、ウルズ7‥‥ソースケ!!』
『‥‥クルツか、ああ聞こえている!』
『こりゃどう見ても人工スモッグだ‥‥ちっ、古い手を使いやがる
しかし、俺たちはどうも‥‥、まんまと嵌められたらしいな。』
『そのようだ』
人工スモッグは、古典的な手段で、昔中国の軍が使用していたとか言う話を聞く。
その目的は、雨による視界不良や足止めに過ぎず、特にASが普及した昨今では使われる事は少ない。
『上に何か居る、こちらの位置を把握しているようだ、狙っている』
『ああ分かってる、しかし何故だ‥‥コッチからは奴の位置が分かんねー』
そう、何処を見てもサーモグラフィーは居る筈の敵機の熱を感知しない。
『この雲が、熱を遮断しているのか‥‥?ではこの雲をやぶるしかないか‥‥』
『そうだな‥‥何にせよ、ここに留まってれば、向こうの掌の中だ‥‥』
意見が一致し、2機のASは天に向かって跳躍する。
暗雲の海に突入しようとする、次の瞬間。
『ぐわっ‥‥‥‥!!』
ヘッドホン越しにクルツの悲鳴が聞こえたかと思うと、宗介の体に強い電流が走った。
「ぐっ‥‥‥‥‥‥!!」
宗介は鋭い痛みに短い悲鳴をあげる事しか出来なかった。
激しい電流に手足の筋肉が強張り自由を奪われてしまった為だ。
そのまま2機はぬかるんだ大地に叩きつけられてしまう。
仰向けに倒れモニター越しの視界には、どんどん濃さを増す雲が広がっていた。
指は‥‥まだ動かない、足の指も‥‥これもダメだ。
「ぐっ‥‥‥‥」 辛うじて口は動く。
『ぐっ‥‥‥‥ウルズ6!!聞こえるか‥‥?』
『ああ、なんだあのスモッグ、アレに何か‥‥』
< 軍曹殿、スモッグの成分を分析しましたが >
もう一つ声が混じった。宗介のASの人口知能、アルだ。
宗介はクルツにも聞こえるよう、オープン回線に繋ぐ。
「アルか、どうだ‥‥?」
< あのスモッグはナノテクノロジーの産物です、無数の分子が絶えず振動しており‥‥
つまり、常に高圧の電流が流れている状態です、通常の機体ではアレを突破する事は不可能です
しかしラムダドライバを駆動できれば、あるいは‥‥>
「くそっ‥‥迂闊だ‥‥」
ラムダドライバ‥‥、駆動させようと試みるも、そもそも全身の筋肉がまだ言う事を聞かない。
『ソースケ!!』
そこに矢継ぎ早にクルツの声が飛び込む。
その声が緊張のニュアンスを含んでおり、嫌がおうにも心拍数が上がる。
『ダナンとの連絡が取れない‥‥、外部との連絡が絶たれている!!』
『なっ‥‥』
そう、PHSの通話が絶たれた時、気付くべきだった。
外部の反応が皆無である事、彼らのピンチに、ダナンからなんの反応もない事を。
< ‥‥どうやらあのスモッグが通信を遮断してしまっているようです >
「‥‥‥‥?!」
閉じ込められた。そう最初からそれが敵の目的だったのだ。
後悔の言葉を吐く間も無く、さらなる衝撃が彼らを襲ってきた。
上空からのミサイルが、容赦なく動けない彼らを直撃する。
「くぅッ‥‥!!」
機体を通して、衝撃がコックピットに伝わってくる。
動かない体を容赦なく痛みが襲う。
クルツは‥‥‥‥?もう分からない。 何も出来ずただ痛みを耐える事しか‥‥
不意に被弾する音が遠くなり、痛みも感じなくなってきた、
攻撃が止んだのか‥‥?
それもある、動かない自分たちにこれ以上の攻撃の必要が無いと判断したのだろう。
しかしこの感覚は、これは、意識が薄れていくのだ。
‥‥‥‥‥‥
どこまでもどこまでも、底の無い闇に落ちていくような感覚。
次第に自分の外側の方から、形が失われていくような、そんな気がしていた。
『消失』
その言葉が相応しいと思った。
自分の手が、足が、心が。 何もかも消えてなくなる事を死と呼ぶのだろう。
何時かこの瞬間が来るだろうと思っていた、自分の最期はこうだろう、とも。
だから驚くほどに、自分の死に対して従順だ。
この後どうなるだろう‥‥ふいに考えた。
恐らく、異常を察知したダナンからの援軍が着く筈だ、もう動いているだろうから。
何者かの暗躍は、きっと止めることが出来る。
自分が居なくても、誰かがやる。それが巨大組織のサイクルというものだ。
やがて夜が開け、何時も通り、朝は来るだろう。 そう、何時も通りだ‥‥『問題ない。』 だけど‥‥。
―‥‥怒られるのではないだろうか。
こんな時に、まるでイタズラがバレはいないか怯える子供の様な思いが、どこかから浮かんでいた。
誰に‥‥?何を‥‥?
―‥‥きっと怒るだろう、‥‥それから悲しむだろうか‥‥?
誰が‥‥?何を‥‥?
かみ合わない無意識と意識を重ね合わせ、その何かを明らかにしようと願うが、意識は闇へと堕ちて行く。
――‥‥ソースケ!!
突然どこかから声がした。聞こえるはずの無い声が。
『‥‥スケ!ソースケ!!‥‥応えて‥‥よ‥‥バカ!!――
途切れ途切れに聞こえる。ほら、やはり怒っている。
最期に自分の望みが作り出した幻聴だろうか、それでも嬉しい、聞けて良かった。
先程の誰が?という問答の答えは今出た。簡単な事。
でももう、駄目だ、このままもう‥‥‥‥‥‥
僅かな光が一つの点にまで収縮しようとしていた、その時だった。
――‥‥‥‥ねぇ‥お願い‥ら‥‥‥死なないで‥‥!』
ハッキリと聞こえてきた、次の瞬間。
永遠に続くと思われた闇が一気に去り、轟々と真っ白い光が自分の中を駆け巡る。
それは光と共に、ある光景を連れて来た。
自分が居る、笑っている、踊る心、輝く世界、青空、太陽、その中心に
『ソースケ‥‥生きて‥‥』
彼女。
「‥‥?!!!」
次の瞬間、一気に覚醒した。
目前にアーバレストのモニターが点滅しているのが確認できた。
全身に、確かな痛みを感じる。そう、生きている。 そう確信すると突然、聴覚が完全に復活した。
『‥‥ザザッザッザーーーーーー』
それは無線のノイズ、つまりどこかの誰かとの通信回線が通じていて‥‥
ということは‥‥‥‥‥‥!!
目を凝らし、上空を見上げる。
回線が通じると言うことはつまり‥‥、そう、それはすぐに確信へと変わる。
宗介の眼は、幾つかの星の光を確認した。厚い暗雲に僅かであるが切れ目が出来ていた。
「今なら!」
懇親の力を振り絞って宗介は操縦桿を握り上体を起こす。
パイロットに応じるようにアーバレストは立ち上がり、そのまま天高く跳躍した。
アーバレストはスモッグの間を縫って、雲を突き破り、果てしない空に躍り出た。
その瞬間、モニター越しにではあるが、宗介の両目に無数の星が飛び込む、
それは星の群集、確認しなくても彼には分かった、これが、天の川‥‥。
その遙か向こうに、居た。たった一体の敵機。なんと滞空用の粗末な装置を施した旧型のASだ。
こんな時に、つい宗介は七夕の事を思い出していた。
今なら、ヒコボシとかいう輩の気持ちも分からなくも無い‥‥。
――恋しい気持ち。
だけどやっぱり。 「解せない!!」
< 何がですか? >
宗介は悪態を一つつくと、アルが反応した。
「煩い、行くぞ、アル」
< 了解、もう既にラムダドライバは100%駆動しています、何時でもどうぞ >
会いたければ、俺なら会いに行く。どんな事をしてでも!
「うおぉおおおおおおおおお!!!」
叫びと共に、虹色の光が星の河と平行に疾る。
敵機ASは反撃する間も無く、光の中に消えて行った。
*************
『ソースケ?!ねえ聞こえてるのソースケ?!‥‥ねえ‥‥返事を‥‥‥‥』
スモッグが晴れていくのと併せ、回線が復活したようだ。
先程の声はどうやら幻聴ではなかったらしい。
地に下りながら、宗介はかなめの声を聞いていた。
『ソースケ、無事か、ソースケ?!』
『相良さん?!クルツさん?!聞こえてますか?一体何が‥‥?!』
同時になだれ込むように、方々から通信が飛び込んできた。
クルツと、ダナンのテッサだろう。
しかし宗介は、唯一つの回線にのみ応答した。
『千鳥‥‥‥‥‥‥?!』
『ソースケ?!ソースケなの?!良かった、ねえ大丈夫なの?!』
『大丈夫だ、危なかったが、問題ない。』
『ソースケ、良かったよ、本当に、ソースケぇ‥‥‥‥。』
ヘッドホン越しに嗚咽が聞こえてくる。かなめが泣いている。
『大丈夫だ、もう大丈夫、問題ない‥‥‥‥俺は無事だ。』
宗介は自分とかなめに、言い聞かせるように、宥めるように応える。
だから泣くな、と言って涙を拭ってやりたかった。
遠い遠い二人の距離、でもその心はきっと直ぐ傍に‥‥。
『おーーーーい、ソースケこの野郎、返事しやがれこの根暗軍曹!!誰と話してんだーー?!』
そんなムードをクルツがやかましくぶち壊した。 何だか確信犯の匂いがするが‥‥。
『煩い!静かにしてくれ、聞こえない、‥‥カナメだ!!』
『ったく終わった途端これかよ!!なんなんだよオマエはもー、やってらんねえぜこのムッツリ軍‥‥』
ブチッ!!!
宗介は容赦なくクルツとの回線を切りかなめの回線のみに切り替えた。
『カナメ‥‥!!今何処に居る?!』
逸る心に、「かなめ」の呼称の使い分けがクルツに対する時のままである事に宗介は気付かない。
『‥‥え‥‥‥‥!? あ、えっと、宗介の家‥‥、ごめん、携帯がダメだから勝手に部屋の無線を‥‥』
『そうか、分かった、今行く』
『あ、え、ちょっと、今って‥‥あんた何処に‥‥』
呼称とか、色々な事に驚きかなめは混乱しているようだが
『待っていてくれ!!』
それだけ言うと回線が途絶えた。
続く
――7月7日七夕
いよいよ今日は七夕祭当日だ、そして宗介の‥‥
ところがその日。相良宗介の姿は無かった。
<急用が出来た、ハナビまでには必ず戻る>
かなめの携帯にメールだけを残して。
「も、もう時間無いよーーー!!」
「カナちゃん、相良君のPHS、全然繋がんないの?」
「繋がんないわよっ!!!」
「ど、どうすんの?」
「くっ‥‥こうなったらもう自棄よっ!!やるっきゃない!!恭子、来て!!!」
「えーー?!か、カナちゃーん?!」
その日のかなめの努力は実に涙ぐましいものだった。
結局、宗介の代役をかなめが務めた。
もう一人の主役である彼女は宗介の台詞も全部頭に入っていたのである。
そして、かなめの役を恭子に演じてもらった。
かなめの練習に付き合っていた恭子も少しは台詞が頭に入っており、加えてかなめのフォローでなんとか形となった。
そして打ち上げの花火大会が始まる。
「お、終わったー‥‥!!」
「あー一時はどうなる事かと思ったよ。」
何とか無事に済み、クラスの面々も安堵の表情を浮かべている。
かなめの頑張りで、劇は立派に仕上がり、原作者の信二も実に満足気だ。
「それにしても千鳥さんは本当に凄いよ、突然の代役を完璧に‥‥て千鳥さん?」
「‥‥カナちゃん‥‥?」
先程まで恭子の隣に居たはずのかなめがどこにも見当たらない。
パチッパチッ‥‥ヂヂッ‥‥
かなめは皆から離れ一人、線香花火をしていた。
全てが終わった途端、こらえた筈の涙が込み上げて来て、慌てて皆の輪から逃げ出したのだった。
空には満点の天の川。今頃七夕伝説の主役たちは仲良くデートでもしてるに違いない。
‥‥でも自分たちは‥‥。
この美しい星を一緒に見たかった、それから‥‥‥‥。
「バカッ‥‥あのバカ‥‥‥‥」
待っていたのに、結局戻って来なかったじゃない。
「バカ‥‥」
今日じゃなきゃダメなのに。
「バカ‥‥」
ジュッ‥‥
線香花火の火と共に、涙が一粒、地面に落ちた。
地面に染みを残して消えていくだけのソレが、酷く悲しくて、惨めで、嫌になる。
――泣いても何にもならないのだ。
地面に落ちて何も残さないそれらを見て、そう確信した。
「くっ‥‥!」
ごしごしとかなめは涙をこすり、キッと顔を上げると諦め半分宗介のピッチを呼び出してみる。
「ったくなんなの?アイツは何を考え‥‥」
『‥‥千鳥か?!』
今になって突然繋がった。
『‥‥‥‥千鳥?‥‥』
「‥‥ソースケ?!あんたは一体今どこにいんのよ!!!」
『‥‥?!‥‥すまない良く聞こえない。もう一度言ってくれ。』
「だーかーら!!大役すっぽかして何処に行ってんのかって聞いてんのよ!!!」
『‥‥説明も無く本当に済まない、しかし今回は非常に‥‥‥‥‥‥任務で‥‥‥‥君‥‥は‥‥ないと‥‥て』
なにやら電波状態が良くないようで、宗介の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
「すまないじゃ無いわよ!! 何なのあんた?
あんたのせいで、どれだけ迷惑したと思ってるの?!!
分かってんのあんた? あんた今日の主役だったのよ?!それに今日は‥‥
‥‥あんた一体ど落とし前つけてくれんのよ?!ええーーー??!!」
かなめは一気にまくし立てた。携帯に向かって。
『‥‥それは‥‥、本当に申し訳ないしかし‥‥』
「しかしじゃなーーーい!!」
『‥‥面目無い、だが‥‥ くっ!』
ザザッザッ
急にノイズが混じり、遠くの方から何やら爆音らしくものが聞こえてきた。
途端にかなめは心臓を鷲掴みにされた様な、鈍い衝撃を覚える。
「‥‥何? あんたまた‥‥戦争中‥‥?」
『‥‥俺は、今‥‥‥‥‥‥うわっ‥‥‥‥‥‥‥!!‥‥‥‥』
ゴッ‥‥‥‥
という鈍い音と共に、宗介からの応答が一切途絶えた。
「‥‥宗介‥‥?」
ツーッツーッツーッ
受話器からは一定の電子音が虚しく響いており
その音よりもさらに大きく、ドッドッドッドッ‥‥と自分の内側から、血の巡る音が聞こえていた。
爆音、悲鳴‥‥。何‥‥何なの?わけが解らない。
しかし段々と思考が冷静さを取り戻す。
きっと彼は危機的状況だ‥‥
「あたし‥‥自分の事ばっかり‥‥、ソースケ‥‥‥‥」
震える声でかなめは搾り出す。
あたし‥‥どうしたら‥‥! 待ってるだけじゃダメだ‥‥、考えてるだけじゃ‥‥。
混乱する頭のどこかで、こうしては居られないという意識が生まれてくる。
行かなきゃ‥‥、何処に?分からない‥‥、でも行かなきゃ!!
立ち上がろうとする足が震える、それでもようやく一歩踏み出すと、そのままかなめは飛び出した。
諦めない、絶対!! ‥‥行かなきゃ!!会いに行かなきゃ!!!
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日本列島に程近い無人島、その日その上空一帯に重い雲が広がり、強い雨が降っていた。
その島の一部の空間が不自然に歪んでいて、その周囲は酷く破壊されてる。
突如、歪んだ空間から物体が現われる。ARX-7、アーバレストだ。
「くそっ!!」
宗介は悪態をついていた。
その日の朝、宗介は突然ミスリルの任務で召集をかけられていた。
ある島に、不穏な動きを見せる組織が潜伏している可能性がある。
その調査を行い、発見次第報告せよ、というものだった。
あくまでも慎重に、調査を遂行するだけの任務だったが繊細な注意が要される。
万一の事態に備え、急遽宗介は動員されたのであった。
2機のAS、アーバレストともう一機はクルツのM9だ。
彼らはECSを作動させ、息を殺して島への上陸を試みる。
しかし、次の瞬間、島の上空一体に不自然な黒い雲‥‥いや、スモッグと言うべきか。
あっという間に島全体を覆いつくし、激しい雨が透過した機体を露わにしてしまった。
――嵌められた!!
気付いた時には上空からのミサイルが機体を直撃していた。
短い沈黙の後、宗介のヘッドホンから声が届く。
『ウルズ7‥‥聞こえてるか、ウルズ7‥‥ソースケ!!』
『‥‥クルツか、ああ聞こえている!』
『こりゃどう見ても人工スモッグだ‥‥ちっ、古い手を使いやがる
しかし、俺たちはどうも‥‥、まんまと嵌められたらしいな。』
『そのようだ』
人工スモッグは、古典的な手段で、昔中国の軍が使用していたとか言う話を聞く。
その目的は、雨による視界不良や足止めに過ぎず、特にASが普及した昨今では使われる事は少ない。
『上に何か居る、こちらの位置を把握しているようだ、狙っている』
『ああ分かってる、しかし何故だ‥‥コッチからは奴の位置が分かんねー』
そう、何処を見てもサーモグラフィーは居る筈の敵機の熱を感知しない。
『この雲が、熱を遮断しているのか‥‥?ではこの雲をやぶるしかないか‥‥』
『そうだな‥‥何にせよ、ここに留まってれば、向こうの掌の中だ‥‥』
意見が一致し、2機のASは天に向かって跳躍する。
暗雲の海に突入しようとする、次の瞬間。
『ぐわっ‥‥‥‥!!』
ヘッドホン越しにクルツの悲鳴が聞こえたかと思うと、宗介の体に強い電流が走った。
「ぐっ‥‥‥‥‥‥!!」
宗介は鋭い痛みに短い悲鳴をあげる事しか出来なかった。
激しい電流に手足の筋肉が強張り自由を奪われてしまった為だ。
そのまま2機はぬかるんだ大地に叩きつけられてしまう。
仰向けに倒れモニター越しの視界には、どんどん濃さを増す雲が広がっていた。
指は‥‥まだ動かない、足の指も‥‥これもダメだ。
「ぐっ‥‥‥‥」 辛うじて口は動く。
『ぐっ‥‥‥‥ウルズ6!!聞こえるか‥‥?』
『ああ、なんだあのスモッグ、アレに何か‥‥』
< 軍曹殿、スモッグの成分を分析しましたが >
もう一つ声が混じった。宗介のASの人口知能、アルだ。
宗介はクルツにも聞こえるよう、オープン回線に繋ぐ。
「アルか、どうだ‥‥?」
< あのスモッグはナノテクノロジーの産物です、無数の分子が絶えず振動しており‥‥
つまり、常に高圧の電流が流れている状態です、通常の機体ではアレを突破する事は不可能です
しかしラムダドライバを駆動できれば、あるいは‥‥>
「くそっ‥‥迂闊だ‥‥」
ラムダドライバ‥‥、駆動させようと試みるも、そもそも全身の筋肉がまだ言う事を聞かない。
『ソースケ!!』
そこに矢継ぎ早にクルツの声が飛び込む。
その声が緊張のニュアンスを含んでおり、嫌がおうにも心拍数が上がる。
『ダナンとの連絡が取れない‥‥、外部との連絡が絶たれている!!』
『なっ‥‥』
そう、PHSの通話が絶たれた時、気付くべきだった。
外部の反応が皆無である事、彼らのピンチに、ダナンからなんの反応もない事を。
< ‥‥どうやらあのスモッグが通信を遮断してしまっているようです >
「‥‥‥‥?!」
閉じ込められた。そう最初からそれが敵の目的だったのだ。
後悔の言葉を吐く間も無く、さらなる衝撃が彼らを襲ってきた。
上空からのミサイルが、容赦なく動けない彼らを直撃する。
「くぅッ‥‥!!」
機体を通して、衝撃がコックピットに伝わってくる。
動かない体を容赦なく痛みが襲う。
クルツは‥‥‥‥?もう分からない。 何も出来ずただ痛みを耐える事しか‥‥
不意に被弾する音が遠くなり、痛みも感じなくなってきた、
攻撃が止んだのか‥‥?
それもある、動かない自分たちにこれ以上の攻撃の必要が無いと判断したのだろう。
しかしこの感覚は、これは、意識が薄れていくのだ。
‥‥‥‥‥‥
どこまでもどこまでも、底の無い闇に落ちていくような感覚。
次第に自分の外側の方から、形が失われていくような、そんな気がしていた。
『消失』
その言葉が相応しいと思った。
自分の手が、足が、心が。 何もかも消えてなくなる事を死と呼ぶのだろう。
何時かこの瞬間が来るだろうと思っていた、自分の最期はこうだろう、とも。
だから驚くほどに、自分の死に対して従順だ。
この後どうなるだろう‥‥ふいに考えた。
恐らく、異常を察知したダナンからの援軍が着く筈だ、もう動いているだろうから。
何者かの暗躍は、きっと止めることが出来る。
自分が居なくても、誰かがやる。それが巨大組織のサイクルというものだ。
やがて夜が開け、何時も通り、朝は来るだろう。 そう、何時も通りだ‥‥『問題ない。』 だけど‥‥。
―‥‥怒られるのではないだろうか。
こんな時に、まるでイタズラがバレはいないか怯える子供の様な思いが、どこかから浮かんでいた。
誰に‥‥?何を‥‥?
―‥‥きっと怒るだろう、‥‥それから悲しむだろうか‥‥?
誰が‥‥?何を‥‥?
かみ合わない無意識と意識を重ね合わせ、その何かを明らかにしようと願うが、意識は闇へと堕ちて行く。
――‥‥ソースケ!!
突然どこかから声がした。聞こえるはずの無い声が。
『‥‥スケ!ソースケ!!‥‥応えて‥‥よ‥‥バカ!!――
途切れ途切れに聞こえる。ほら、やはり怒っている。
最期に自分の望みが作り出した幻聴だろうか、それでも嬉しい、聞けて良かった。
先程の誰が?という問答の答えは今出た。簡単な事。
でももう、駄目だ、このままもう‥‥‥‥‥‥
僅かな光が一つの点にまで収縮しようとしていた、その時だった。
――‥‥‥‥ねぇ‥お願い‥ら‥‥‥死なないで‥‥!』
ハッキリと聞こえてきた、次の瞬間。
永遠に続くと思われた闇が一気に去り、轟々と真っ白い光が自分の中を駆け巡る。
それは光と共に、ある光景を連れて来た。
自分が居る、笑っている、踊る心、輝く世界、青空、太陽、その中心に
『ソースケ‥‥生きて‥‥』
彼女。
「‥‥?!!!」
次の瞬間、一気に覚醒した。
目前にアーバレストのモニターが点滅しているのが確認できた。
全身に、確かな痛みを感じる。そう、生きている。 そう確信すると突然、聴覚が完全に復活した。
『‥‥ザザッザッザーーーーーー』
それは無線のノイズ、つまりどこかの誰かとの通信回線が通じていて‥‥
ということは‥‥‥‥‥‥!!
目を凝らし、上空を見上げる。
回線が通じると言うことはつまり‥‥、そう、それはすぐに確信へと変わる。
宗介の眼は、幾つかの星の光を確認した。厚い暗雲に僅かであるが切れ目が出来ていた。
「今なら!」
懇親の力を振り絞って宗介は操縦桿を握り上体を起こす。
パイロットに応じるようにアーバレストは立ち上がり、そのまま天高く跳躍した。
アーバレストはスモッグの間を縫って、雲を突き破り、果てしない空に躍り出た。
その瞬間、モニター越しにではあるが、宗介の両目に無数の星が飛び込む、
それは星の群集、確認しなくても彼には分かった、これが、天の川‥‥。
その遙か向こうに、居た。たった一体の敵機。なんと滞空用の粗末な装置を施した旧型のASだ。
こんな時に、つい宗介は七夕の事を思い出していた。
今なら、ヒコボシとかいう輩の気持ちも分からなくも無い‥‥。
――恋しい気持ち。
だけどやっぱり。 「解せない!!」
< 何がですか? >
宗介は悪態を一つつくと、アルが反応した。
「煩い、行くぞ、アル」
< 了解、もう既にラムダドライバは100%駆動しています、何時でもどうぞ >
会いたければ、俺なら会いに行く。どんな事をしてでも!
「うおぉおおおおおおおおお!!!」
叫びと共に、虹色の光が星の河と平行に疾る。
敵機ASは反撃する間も無く、光の中に消えて行った。
*************
『ソースケ?!ねえ聞こえてるのソースケ?!‥‥ねえ‥‥返事を‥‥‥‥』
スモッグが晴れていくのと併せ、回線が復活したようだ。
先程の声はどうやら幻聴ではなかったらしい。
地に下りながら、宗介はかなめの声を聞いていた。
『ソースケ、無事か、ソースケ?!』
『相良さん?!クルツさん?!聞こえてますか?一体何が‥‥?!』
同時になだれ込むように、方々から通信が飛び込んできた。
クルツと、ダナンのテッサだろう。
しかし宗介は、唯一つの回線にのみ応答した。
『千鳥‥‥‥‥‥‥?!』
『ソースケ?!ソースケなの?!良かった、ねえ大丈夫なの?!』
『大丈夫だ、危なかったが、問題ない。』
『ソースケ、良かったよ、本当に、ソースケぇ‥‥‥‥。』
ヘッドホン越しに嗚咽が聞こえてくる。かなめが泣いている。
『大丈夫だ、もう大丈夫、問題ない‥‥‥‥俺は無事だ。』
宗介は自分とかなめに、言い聞かせるように、宥めるように応える。
だから泣くな、と言って涙を拭ってやりたかった。
遠い遠い二人の距離、でもその心はきっと直ぐ傍に‥‥。
『おーーーーい、ソースケこの野郎、返事しやがれこの根暗軍曹!!誰と話してんだーー?!』
そんなムードをクルツがやかましくぶち壊した。 何だか確信犯の匂いがするが‥‥。
『煩い!静かにしてくれ、聞こえない、‥‥カナメだ!!』
『ったく終わった途端これかよ!!なんなんだよオマエはもー、やってらんねえぜこのムッツリ軍‥‥』
ブチッ!!!
宗介は容赦なくクルツとの回線を切りかなめの回線のみに切り替えた。
『カナメ‥‥!!今何処に居る?!』
逸る心に、「かなめ」の呼称の使い分けがクルツに対する時のままである事に宗介は気付かない。
『‥‥え‥‥‥‥!? あ、えっと、宗介の家‥‥、ごめん、携帯がダメだから勝手に部屋の無線を‥‥』
『そうか、分かった、今行く』
『あ、え、ちょっと、今って‥‥あんた何処に‥‥』
呼称とか、色々な事に驚きかなめは混乱しているようだが
『待っていてくれ!!』
それだけ言うと回線が途絶えた。
続く
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