宗介の案内で辿り着いた所には、U字型の入り江が出来ていて、ふもとはなだらかな浜が広がっている。
入り江のヘリに取り囲まれ、プライベートビーチの様なそこは、程よい日陰もあり、なんとも過ごしやすそうだ。
「わお‥‥なんつーの? お金持ちのハゲのオッサンとか金髪のネーちゃんとか出てきそうだわ。」
かなめは感想に思った事をそのまま口に出したのだが、宗介はその意味を捉え損ね賢明に頭を捻らせている様子だ。
「‥‥すまんが‥‥どういうことだそれは‥‥」
「ゼータクだって事よ、ふふっ」
そう言って柔和な表情で彼女はゆっくりと歩き出す。
そんなかなめの背中で、彼女に見えないよう深く息を吸い込んでから、宗介が切り出す。
「‥‥ところでだ。 昨日君とやりたい事があると言ったが‥‥。」
「え?ああ、うん。 何やりたい事って?」
相槌を打って、かなめは昨日の彼の言葉を思い出す。
そうだった、だからこうして来たのだった。‥‥いや、根本的にはもっと重大な目的があった気がするのだが‥‥
今は次の彼の言葉が気になって、それ以上は考えられない。
「ああ、その、実はだな。」
そう言って宗介は肩の荷物からまたなにやら取り出す。深い草色のバックパックだが、先程から色々と出てくる。
『今日のコイツはドラ●もんみたいだ』とか『きっと得体の知れない凶器とか入ってんのよ』
とかかなめが思っていると、目的の正体が明らかになった。それは長い長い棒上の何か。
バックパックの大きさでは明らかに収まらないサイズだ。
なんて都合のいい設定だろうか‥‥そんな事を思いながら宗介の取り出すものかなめはをしげしげと眺める。
「あ、それって! ‥‥釣竿?」
「そうだ」
そう、宗介が取り出したのは二本の釣竿、‥‥及び釣具だ。
「あははっ。 じゃあ、あんたやっぱあたしとイカとか魚とか喰いたかったの?」
「いや‥‥それも違う。 というか俺は喰いたいばかりなのか‥‥」
そうつぶやいて、それからたっぷり間を置いてから宗介は切り出した。
「ただ‥‥一緒に釣がしたかったんだ」
「へ?」
かなめから間の抜けた声が漏れた。
「釣だ」
「へ?」
「フィッシングだ」
「‥‥?」
「рыбалкаだ」
「解るかっ!!」
「では何語ならいいのだ?!!」
宗介が当惑して訴える。
「‥‥そうじゃなくて、なんでまた‥‥あたしと?
いや、なんていうか‥‥一人でムッツリ釣るのが好きなんだと思ってたんだけど‥‥」
そう言ってかなめは、ただ思っただけの純粋な疑問を投げるのだった。
するとまた、たっぷりとした間の後で宗介が応える。
「以前、一緒にメリダ島で釣りをしたのを覚えているか?」
「あー、‥‥うん。 30分くらいしか出来なかったし、大物がかかったと思ったら時間切れだったけどね!」
思い起こす様にしてかなめは応える。その時の慌しさを思い出して思わずかなめは笑ってしまった。
「そうだったな。 だけど。」
宗介は一瞬何かを思い出すように遠くを見やる。
「ん?」
かなめは首をかしげて言葉を待った。
「楽しかったのだ。 今までに無いほど。」
「へっ?! ‥‥そ、そーなの?!」
宗介の言葉にかなめは目を丸くする。
「本当だ。 君のお陰で、なんというか凄く‥‥‥‥いや、面目無い、上手く言えんが‥‥。 俺の中で、貴重な時間だった」
「‥‥ソースケ‥‥」
かなめは記憶を辿って見た。
あの時、自分は彼になにかしてあげられただろうか? いや、思い当たる節は無い、強いて言えば傍に居た。
もう半年以上も前の事、そのホンの僅かな、ささやかな時間。ともすれば、その前後の過激な出来事の中に霞んでしまいそうだ。
実際かなめも宗介に言われやっと思い出した‥‥というところであった。
それを彼は気恥ずかしそうに、それで居てどこか誇らしげに、貴重だと、楽しかったと、そう言う。
彼の望みはどこまでも寡欲だ。そんな彼をかなめは少し悲しく思った。
それは彼の戦死した友の写真を見た時の思いと似ていた。ずっと握り締めて、くちゃくちゃになっても尚‥‥。
しかし同時に、慈愛に似た気持ちが込み上げてきて、不覚にも『きゅん』と胸が締め付けられるのだ。
(‥‥思い出をずっと大事に、してくれていたんだね。)
「出来ればまた何時か、そんな時間が過ごせたらと思っていた。 だからここに来た。 それに今日俺は君に‥‥」
「よーーーし。」
宗介がなにか言いかけていたが、間の悪いことに、かなめが突然声をあげた。
少し萎縮した宗介には露も気付気もせず、かなめは彼の肩をバンバン叩きまくる。
「いたい、いたいのだが千鳥‥‥」
「あはは。 ふふっ‥‥いいわよ、思う存分あんたと釣りに興じてあげるわ、ソースケ!
いっちょ大物釣ってやろうじゃない!! 美味しいの釣ったら今日の晩御飯にしてあげる!!」
そう言って、宗介に満面の笑顔で親指をグッとして見せた。
「了解した!」
宗介は力強く頷く。
「ん、いい返事ね! それじゃ、気合入れて釣るわよー!!」
それを合図に、二人は弾かれる様に釣りの体勢を整えるのだった。
*****
「‥‥よーし、やったね! これで‥‥4匹目っ!!」
「むぅ‥‥。」
かなめが勢い良く釣竿を振り上げたその先で、魚が跳ねている。
傍らの宗介はむっつりと釣竿を握ったままで、手元はずっと沈黙している。
「しかし、量より質だぞ、千鳥」
言いながら宗介は、自分の釣竿を置いて、彼女の釣った魚を手早く釣り針から解放してやる。
非常に手馴れており格好良い、そんなとこだけは彼が釣の玄人である事を匂わせている。(一向に釣れないが)
徒に釣るのはアングラー精神に反する。基本はキャッチ&リリースで、二人はただただ大物だけを狙っていた。
「はいはい、ねえ、ところで、この魚はなんて魚なの?見たところ、アジかな?」
「うむ、遠からずと言うところだ。流石だな千鳥。 アジには違いないが、Pseudocaranx dentex。
シマアジだな。マアジよりコイツは若干太い。バミューダ沖での訓練中など甲板の上で良く釣ったものだな。
‥‥そう言えばある日一向にシマアジが姿を見せなくなった事があってな。それを不審に思った俺は速やかに上官に報告した。
すると実はその日敵艦隊が俺たちを‥‥(以下中略)‥‥という訳であらゆる戦闘を経験してきた俺に言わせれば、そのような作戦行動など徒労に過ぎん。 というわけでシマアジだ。」
そう言って宗介はシマアジを海水へ泳がせてやる。すると‥‥
「何ですって?!なんて事を‥‥」
黙って聞いていたかなめが突然、尋常でない、といった様子で応えた。
「‥‥む? どうかしたのか千鳥?」
そんな彼女の様子を見て、思わず声に緊張の色が混じる。
「シマアジて‥‥高級魚なのよ?! 高いの‥‥。そうねあんたの弁当10日分くらい? 言ってみればアジの王様よ?
アジ界の中で‥‥一番えらいのよ?!」
かなめが深刻でいて神妙な面持ちで言い放つと、宗介の表情も途端に強張る。
「何っ‥‥?!‥‥くっ‥‥俺はみすみす10日分の弁当を。 それにしても偉いのか?初耳だ。」
「そうよ、偉いの。言ってみれば大佐よ?! アジ界の。」
かなめはさも物々しい雰囲気で言う、声に抑揚をつけ、大佐の部分には特に力を入れた。
「大佐か?!」
「大佐よっ!!」
かなめがビシッと言い切ったので宗介はごくりと息を呑んだ。
その時二人は海へ還るシマアジの美しい銀色に、ある少女の髪の色を重ねていたのであった。
‥‥ともあれ。そんなナンセンスな会話を先程から二人は繰り広げている。
他人が聞けば、何ともツッコミどころ満載なそれはユルい会話であるが‥‥、かなめは何か喋るたびケラケラと明るく笑い大層楽しそうだ。
それは宗介も同じ、かなめほど表情の変化は無いが、何時も以上に饒舌で、証拠にいよいよ宗介は顎が痛かった。
宗介はやはり釣は玄人である。沢山の魚を知っていて、かなめが魚を釣るたびに名前や特徴を教えてくれるのであった。
戦争意外にこんな知識が、‥‥何時もとは違う意味で宗介が頼もしく思える。
そして感心すると共に彼の新たな一面を見れた気がしてかなめは何だか嬉しかった。
「刺身に、塩焼き、‥‥そうねマリネにしても美味しいわ。」
かなめはお返しにと、魚の値段や調理法を教えてやる。
「そうか‥‥、それは‥‥さぞ美味だろうな。」
そしてその度に宗介は想像力を駆使して、かなめの手で調理された御馳走を堪能するのであった。
「‥‥無念だ。」
その想像があまりにも美味だったのだろう。彼はかなめの隣でシュンと項垂れる。
「まあまあ、過ぎた事を悔やんだって始まらないわ! この広い太平洋にはもっともっと美味なものが存在しているのよ! 悔しかったら根性見せて釣る!!」
「む‥‥そうだな!」
二人は再び競うように釣竿を振り下ろすのだった。
宗介は何時に無く無邪気で、かなめが盗み見た彼の横顔は大層眩しい。
*****
「‥‥ほら、またかかった! これはどうっ?! あ、これって。」
「イエローテイル‥‥まあ、ブリだな。」
かなめはついに10匹目を釣り上げたところで、宗介は尚も律儀に解説していた。
「やっぱり? う~ん鰤なら、何てったってブリ大根よ!! ブ・リ・大・根!! 家計にも優しいわ。
でもね、今の時期は残念だけど旬じゃないのよ、ささ、リリースリリース。 ごめんねブリさん。」
言われるままに宗介は、素晴らしい手つきで鰤を海へと開放すると、おもむろに訊ねてきた。
「ブリ大根とは‥‥? ブリと大根を‥‥どうする? 三日三晩燻した上でジャーキーにでもするのか‥‥?
うむ、いざと言う時の保存食にもなるな。まあまあ美味そうだ。」
宗介は脳内で自分なりの調理をして、一人で納得していたが
「そ、そうかしら‥‥、ていうかどういう発想よ‥‥。」
『鰤大根ジャーキー』を想像してしまったのか、かなめはげんなりして返す。
「違うのか? 良くわからん、説明してくれ。」
「良いでしょう。」
かなめは人差し指をビシッと立て、したり顔でお料理講義を始めた。
「鰤の切り身と輪切りの大根をね、お醤油と砂糖と、あとみりんや生姜ね。一緒に入れてコトコト煮るのよ。」
「ふむ‥‥。」
「冬の時期が最高ね! 下手間をかけてよーく味染み込ませたら絶品よ。 ほくほくして甘くてね、美味しいんだから。」
「‥‥‥そのようだな。」
宗介はどことなく、夢を見るような表情で呟く。
かなめの丁寧な説明は宗介の乏しい想像力を補って、彼にはその食感まで容易に想像できたのだった。
「まあなんていうのかしら、オフクロの味ってヤツね。」
かなめが何の気無くそう言うと、宗介が小首をかしげ訊ねる。
「オフクロノアジ‥‥? なんだ、知らん日本語だな。」
外国生活が長い宗介には、日本語のメタファー的な意味解釈は時々困難な様である。
「うーん、何と言ったらいいかしらね。 じゃあ、例えば、想像してみて? いい?
美味しいけど毎日毎日味気なーい外食生活をしたり、栄養補助食品ばっか食べたり、そんな生活を繰り返すの、
そしたらあんたが無性~~にコレが食べたいって思うモノ、どう、ある?」
すると宗介は一瞬うつむき考えるそぶりを見せただけで、直ぐにキッパリとこう言った。
「君の作ったカレーが食べたいと思うぞ。」
さも当然とでも言うような顔つきで、堂々と。
(くっ‥‥時々コイツはさらっとこういう事をいうのよね‥‥)
何の打算も、思惑も無い純心。かなめはそのストレートさが酷く照れくさいと同時に、なんだか少しそれが憎いような気がした。
「‥‥‥。まあ。そ、それがお袋の味ってヤツよ、覚えときなさい。」
「そうなのか‥‥。 ‥‥む? どうした千鳥、顔が赤いぞ? 熱でもあるのでは無いか?」
「な、無いわよっ! 夕日のせいじゃない?!」
ぷいっと、そっぽを向いたかなめを宗介は不思議そうに見つめると、彼女の向こう側の空と海の境目にほんのりピンク色が注しているのが見える。
二人は釣りに‥‥というよりも、そこに飛び交う何気ない、しかし楽しいやり取りに没頭して、気付けば日はとっぷりと暮れようとしていた。
「ところで千鳥、冬になったらそのブリ大根とやらも食べてみたいのだが。」
「はいはい、冬まで『オアズケ』してたら作ってあげるわよ。 おりこうさんにしてなさい。」
「うむ‥‥‥‥。」
続く
それから航行することおよそ30分。
「あれだ‥‥」
むっつり顔で何も無い海を凝視していた宗介が唐突に口を開いた。
「え‥‥あ、なに?」
魚でも捜していたのか、船のヘリに寄りかかっていたかなめは少し驚いてから宗介の方を振り返る。
「見えた、間も無く上陸する。」
そう言って宗介はその方向を指差した。
彼の無感動な物言いとは裏腹に、そこには何とも感動的な景色が広がっていた。
青い海に突如ぽっかりと浮かんだ岩肌‥‥いや、島だ。
それは島と呼ぶには小さく、植物も見当たらないただの真っ白の岩肌だったが、
浅瀬は青く透明な水に白い岩肌を覗かせ、光の反射が良く映えていた。
そして水深を増すに連れ、水色がエメラルドグリーンに、それからコバルトブルーにグラデーションを作る。
それはさながら、何かの宝石のようだった。
「すごいすごい‥‥! キレイ!! ここまだ日本よね?! すごいっ‥‥!! 外国みたい‥‥」
『アジアのグレートバリアリーフだなんだ!!』 とかなめは見るなり眼を輝かせた。
はしゃいだり、うっとりしたり、表情をクルクルと変えている。
そんな彼女を見て、宗介はただただ満足げに小刻みに頷いていた。
―程なく、船は島の手近な浅瀬近くに碇を下ろした。
かなめはこの絶景にそぐわないイカ釣り漁船とサンダルをさっさと捨て去り、その透き通る浅瀬に裸足を突っ込む!
「あはっ‥‥!! つめたーい!!」
かなめは裸足でチャプチャプと浅瀬を跳ね回るというお約束の行動に出る。
その様子はどこかのグラビアアイドルの様に可憐で、かつ美しい。
「太平洋だからな。 水が熱くては漁業が成り立たん 」
そんなかなめの様子を尻目に宗介は何やら荷物を下ろしながら、身も蓋も無いような台詞を吐き捨てた。
しかしそう言いながらも、ふいに彼はかなめの手をとった。
「‥‥えっ‥‥!!」
突然の出来事にかなめは面食らう。
「気をつけろ、千鳥。 急に陥没している箇所もあるからな、それに人の踏み込んだ痕跡が少ない、裸足で無闇に歩くと怪我をする。」
驚いて見やった彼の表情は何時も通りのムッツリ顔で、物言いも味気無い。
だけど、手と肩とをしっかりと支える彼の手が、暖かくて、ゆっくりとかなめを促す仕草はどこまでも優しかった。
「‥‥そ、それにしても、ここって無人島? ソースケ良く知ってたわよね、こんな小さな島!!」
胸が勝手に早打ちを始めるのを誤魔化したくてかなめは妙に茶化した声で話題をふった。
「以前、上空を通った時に見つけたのだ。 それまでは確か何も無かった筈なのだが、地形変動か何かだろうな」
「なるほど、良く来るのここ?」
そろり、そろりと足元を探りながらかなめと寄り添って歩く宗介に訊ねる。
「俺は何度か来ている。 だが人に話したことは無い。」
「へえ~、何だか秘密基地みたいね。ん~~、いいなこういうの。ワクワクする!」
そう言ってかなめは思わずスキップしそうになるところを、慌てて宗介が止めた。
「ワクワク‥‥楽しいのか?」
「そうね、‥‥とっても!」
かなめは子供のように白い歯を見せて笑う。
「そうか、それは良かった。」
そう言った宗介のへの字口が僅かに綻んでいた。
「‥‥でもなんか悪いなあ~。 独り占めしたかったんじゃないの?」
足場の悪いところを歩いており、かなめは少しよたついてしまった。
前のめりになったところをすかさず宗介が支え、顔をあげると丁度彼と眼が合った。
そして眼を合わせたまま、至ってマジメな面持ちで宗介は言う。
「いや、ここを見たとき先ず君に見せようと思った。」
「え?!ど、どおして‥‥?」
何の準備も無いところに、宗介が唐突に振るものだから、かなめは一気に動揺してしまった。
動揺を鎮めようと、世間話を振ったのに、全く逆効果だ。
「‥‥喜ぶと思った。 それに、君にふさわしいと思った。 ‥‥さっき確信したがやはり、その‥‥思ったとおりだった。」
宗介はそれに「良かった‥‥」と小さな声で付け加えて後はムッツリと黙りこくった。
どうやら彼も先程のかなめの水との戯れをしっかり心に刻んでいたようだ。
‥‥繋いでいる彼の手が熱い。かなめの頬も、熱い。
陸地までもうあと数歩。浅くなるほどに日差しを浴びてぬるくなる海水を足元に感じる。
それは若しかしたら自分達の熱のせいなのでは無いかと、そんな錯覚をしていまいそうだった。
「‥‥‥‥」
一旦止まってしまったお喋りは、なかなか再開のきっかけが掴めないでいた。
先程かなめが見捨てて来た、盆踊り会場のような船にはアレほどガッカリしたというのに‥‥
いざ『こういう雰囲気』になると、もうどうして良いのか分からなくなるのだ。
もはや借りてきた猫、何時もの威勢の良さはどこへやら、である。
今自分はどんな顔をしているんだろう‥‥?
心臓の音‥‥聞こえたらどうしよう‥‥?
そんな事を考えると、急に何もかもが恥ずかしくなってしまって。
――パシャン‥‥!
かなめは突然陸地を目指して駆け出した。
「‥‥?!待て千鳥!!」
すかさず宗介が叫ぶ。手も伸ばしたが届かない。
「いやよ!! こんなキレイなところでハシャがないのは勿体無いんだもん‥‥!」
かなめは振り返りもせず、軽やかな足取りで海面に小さな波紋を作っていく。
「‥‥それは結構な事なのだが‥‥、 しかし待て!!」
「やーーーーーよ!!!」
宗介はなんとか足止めしようと努めるが、彼女の悪ノリは止まらない。
宗介を振り返り、悪の帝王の様な顔でかなめはせせら笑った。
「‥‥ふっ! この島をあんたより先に征服してやるんだから!!悔しい?悔しいでしょう?! ふはははっ!!」
「‥‥いやしかし‥‥」
「ふふん! その上この島に素晴らしい名前をつけてやるわ!!‥‥アルゼンチンバックブリーカー島ってどう? イカすでしょっ?!!」
「駄目だ。」
「早っ!! くっ何故よ!!」
間髪いれず宗介が応え、かなめは悔しそうである。
「長い。 それに何故かそこはかとなくバイオレンスな雰囲気を漂わせているぞ‥‥、
いや、それよりも良いから止まるんだ、頼むから止まってくれ千鳥‥‥」
いよいよ大量の汗を額から流しながら宗介が懇願するのだが。
「そんなこと言っても、もう駄目よっ。 ついにあたしが先に上陸しー‥‥!」
かなめは両足をついに雪白の陸地へと踏み下ろした‥‥のも束の間、
「あづいいいいいいい!!!」
つんざく様な悲鳴をあげて、かなめは飛んで浅瀬の中に戻ってきた。
強烈な日光に晒された岩を踏めばそれはそれは熱いはずである。
「だから言ったのだ。」
「うううう、早く言ってよ‥‥」
かなめは足の裏がまだヒリヒリしているので、ヒョコヒョコ足踏みしながら涙眼で抗議する。
「それにしても君らしくない不注意だ。 一体何を動揺しているのだ? 」
「えっ‥‥ 」
ぎくりとしてかなめが口ごもる。 ただの照れ隠しだなんて、言えない。
「‥‥あ、あたしってほら、何だか急にハイになる時があってね‥‥! そういうお年頃なのよねっ! うは、うははははっ‥‥」
すると宗介は途端に青い顔をして、そして恐る恐る呟いた。
「千鳥‥‥それはまさか、何か危ない薬を‥‥‥‥」
「なわきゃないでしょっ!!」
至極失礼なカンチガイをかなめが突っ込んで一掃した。
肝心の宗介はとんでもない事を言っておいて、次の時には何も無かった様に肩に担いでいた荷物をごそごそ漁り出すのだった。
「‥‥常に足元も保護しておく事を推奨するぞ。 本当はもっと強度の高い物が好ましいのだが‥‥」
そう言って、イカ釣り漁船に放り投げた筈のかなめのサンダルを取り出して渡した。
ちらりと彼の足元を見ると彼の靴は、コンバットブーツだ。
「持ってきてくれたの? ‥‥ありがと。」
何時に無く気が利く彼に驚いてか、かなめは素直に礼を言って、サンダルを履いて陸に上がった。
*****
どこか目的地があるようで、かなめの半歩先を宗介は黙々と歩いていた。
彼について歩きながら、かなめは改めて、その島の正体を肉眼で捕らえる。
島はどこを見ても真っ白な岩壁がなだらかに広がっていて、
ところどころに隆起した山や谷の地形が、個性的なオブジェの様だ。
「‥‥へぇ~~。」
一体何が起こるんだろう?! 眼に映る全てが彼女の好奇心を掻き立てて止まない。
何もかも新鮮だった、この海も、この島も、先を歩く宗介も‥‥。
よくよく考えたら、宗介の背中を見ながら歩くことは珍しい。
何時も彼はかなめの半歩後ろを、いや、近頃は隣に並んで歩いている。
そんな事を思いながら、かなめはぼんやりと、宗介の背中を見つめていた。
広くて大きくて。 それはきっと暖かいのだろう。
――何時も自分は、この背中に守られているのだな‥‥。
唐突に胸を幸福感が支配した。 何だかもう今、嬉しくて、楽しくて、たまらない。
「‥‥ソースケ!!」
気付くと、かなめは半歩踏み出し、勢いで宗介の腕に飛びついていた。
「む‥‥?」
「‥‥ねえっ、これからどこ行くの?!」
悪戯っ子の笑顔でかなめが訊ねる。
「す‥‥直ぐそこだ、そこのふもとだ。」
宗介は努めて冷静な声色で言う。そう、何事も無かったかのように。
‥‥それは彼なりの『背伸び』というヤツだった。
どうも今日の宗介からは、『自分がかなめを引っ張りたい』という風な強気な意志が垣間見えた。
そう思うほど、彼は彼女のはしゃぎ様に大満足で、少しばかり得意になっていたのかも知れない。
ただ、額から流れる滝のような汗が全てを物語ってしまっていたが。
「じゃ、ゴーゴー!! 早く行こ!!」
「ひ、引っ張るな千鳥、そもそもそっちじゃないぞ」
かなめにグイグイ引っ張られながら、宗介は汗をダラダラたらしていた。
まあ結局のところこうなるのだが‥‥。
続く
宗介と別れ各々の自室に戻った後、かなめは簡単な晩ご飯を作って食べた。
だけど何だか、胸がイッパイで、喉を通ってくれなくて‥‥それを平らげるのに随分苦労した。
それから何気なくテレビを点ける。
ブラウン管にはかなめの好きな野球選手が写し出され、彼は何やら雄弁にインタビューに応えている。
かなめは一応その映像に興味を示そう‥‥としたが、放映の内容が何も頭に入ってこない。
やがて画面は移り変わり、情報がかなめの耳を右から左へ、次から次へとただ流れていく。
覚えているのは『お天気コーナー』のみ。
(やっぱり明日は晴れ‥‥)
無意識に顔がほころんで、また胸がイッパイになる。
なんだか心許なくて、手近にあった『ボン太くん』人形をぎゅぅ~~~っと抱きすくめた。
(‥‥どうしよう、どうしよう、どうしよう‥‥!!)
何が?という答えはなく、ただただ頭の中を『どうしよう』が行ったり来たりしていた。
「‥‥‥‥どうしようっ‥‥!!」
今度は口に出して言って、ソファーの上でごろりとひっくり返ってうつ伏せになった‥‥
かと思えば、またしても裏がえって今度は天井を見つめ、かなめは唐突に叫ぶ。
「‥‥あーっもうっっ! 情けないっ!! 何動揺してんのよお!!」
先程から言う事を聞かない自分の身体や心に、なんだか少し腹が立ってきていた。
「なによっ! たかが戦争ボケの一人や二人や三人や四人!! あんなのが何人束になろうとこのあたしの敵じゃないわねっ!!
あたしを少しばかり惑わせたからっていい気になるんじゃないってのよチクショー!!」
ワケのわからない虚勢を張り始めた。
ちなみに今かなめは天井に向かって話しかけているが、その方向には誰も居ない。
「落ち着くのよあたし、何てこと無いわ、そうよ。 そう、たかがデート、デート、でーと‥‥‥‥‥‥‥‥」
‥‥D・A・T・E‥‥!!!
突然かなめの脳内のタイプライターが壊れた様にしつこくしつこく英語の4レター『D・A・T・E』を打ち出し始めた。
「い、いや~~~っ!!!」
かなめは唐突に黄色い声をあげ、ごろんごろんと転がりだす。
「デートって‥‥! あいつデートって!! 話したいって、一緒に居たいって!! あの朴念仁がっ!! あのキング・オブ・ミリタリーヴァカがっ!!」
酷い言い様で騒いでいたが、その顔は満面の笑顔だ。
かなめはごろごろしたりジタバタしたりボン太くんをつねつねしてみたり、大忙しの様子だ。
「どーしよーーーーっっ!! って、うわっ‥‥」
――ドスン!
「‥‥あいたぁっ!!」
鈍い音を伴ってかなめはソファーから転がり落ちた。
まあ、狭いソファーでごろんごろんやれば、転がり落ちるのは当然の顛末であろう。
かなめは腰を思いっきり打ちつけ、暫く声も出せなくなっていた。
が。
「‥‥ふふふふふ。 ふふ。」
ソファーの下から突如、声が漏れた。
かなめが笑っている、ソファーから落ちたのに、笑っている‥‥。
(ちなみに頭は打っていない)
「ふふふ~~~♪‥‥‥‥ふふっ‥‥」
ソファーの下に落っこちたまま、抱いていたボン太くんをもう一度ぎゅう~~っとして顔を埋めた。
髪の毛の隙間から覗くその頬は真っ赤だった。
「‥‥‥‥ねぇボン太くん。 明日は一体どうしてくれるの‥‥‥‥? 」
*****
「どーーーしてくれんのよっっ!!!」
ポンポンポンポンポンポン‥‥
「なにがだ? 千鳥?」
ポンポンポンポンポンポン‥‥
「なにがじゃないでしょ!! これで一体これから‥‥」
ポンポンポンポンポンポン‥‥
「‥‥だぁー、もうっ! ポンポンポンポンうっさいわね!! 兎に角よソースケ‥‥この文字を読んで御覧なさい」
かなめは頭上にたなびく布を指差して言う、なにやら書いてあるようだ。
「‥‥何故だ? おかしな事を言うな、君は」
宗介は小首をかしげて怪訝な顔で返す。
「いーから、読みなさいっ!!」
「第四強運丸」
「そう、第四強運丸よ。 つまりなに?!」
「船名だが?」
事も無げな物言いがかなめは少し悔しくて悪態をつく。
「くそっ、いけしゃーしゃーと‥‥。 つ・ま・り・漁船よ漁船、しかもっ!」
かなめはビシッと人差し指を差しだした。その先に電球がズラリと並んでいる。
「イカ釣り漁船じゃないこれーーーーーーー!!」
そういったかなめの声が青空に高らかにこだました。
――そうココは船のデッキ、二人は今関東沖の海の上に居たのだった。
その日宗介は朝早くに迎えに来て、かなめはされるがままについて行って今に至る。
心なしかまだ、かなめの叫びがエコーしている。やがてそれが聞こえなくなった頃にようやく宗介は応えた。
「そうだが。 何か?」
またしても何事も無かったかの様な顔で言うので、かなめの興奮もいよいよ冷めた。
「いや‥‥だから、これからどうすんのよコレで、銚子にでも行きたいの? あんたはあたしとイカが喰いたかった訳‥‥??」
かなめがイカをおびき寄せる為とおぼしき電球をコツコツと小突きながら言う。
「それは誤解だ。 この船は間に合わせだ、話しが急だったのでな。」
思いの外、さも意外そうな顔で宗介は否定した。
「‥‥そ、そうなの? 良かった‥‥。 でどこに行くの?」
若しかしたらちょっとビックリするようなところに連れて行かれるんじゃないかな‥‥という予想はかなめにもあった。
宗介のやる事だから。 だから大抵の事は眼をつぶろうと思っていた‥‥が、 『初めてのデートで本格的にイカ釣り』 それは正直無い。
だから心底ほっとした様子でかなめは訊いた。すると宗介は何故か、コメカミあたりから汗を一筋たらして口篭る。
「うむ。 まあその、なんだ。 ‥‥着けば分かる。」
やっと口を開いたかと思うと、なんとも曖昧な返答が返って来た。
「‥‥? ふーん?」
*****
ポンポンポンポンポンポン‥‥
漁船は今時珍しい古いタイプのエンジンを載せており、その為絶えず特徴的な音と、輪っかのような煙を出していた。
「にしてもマヌケな音ね‥‥」
デッキの淵に腰掛けてかなめが感想を述べる。
すると、宗介は操縦席から返事を返す。
何時何処で手に入れたのか、正式なものか不明だが船舶免許を持っているらしい。
「そんなことはないぞ、こうやって聞いていると、士気を上げんとする味方の鼓舞のようでまるで‥‥」
「‥‥ま、いーわよ。 で、ところでこの船どうやって手に入れたの? 」
宗介の話の方向が読めたため、話も半ばにかなめが割って入る。
「クルツだ。 奴が江戸川区に居たときの知り合いの伝手らしい」
「あんにゃろ‥‥‥‥」
ちらりと船内を一瞥すると、電球だの良く解らない設備だの‥‥まあ兎に角シュールな光景が広がっていた。
かなめはなるべくそれらを視界に入れない様努めていたが、どうにもならないこの音‥‥。
(ムードなんてあったもんじゃないなあ‥‥。)
かなめは溜息をひとつ、つこうとしたが、隣に居る宗介の表情を見て思いとどまった。
それから思い切り背伸びをして、その全身で風を感じた。
「うーん‥‥。 気持ちいい~」
贅沢を言わなければ、青空も日差しも風も最高だ。
「晴れてよかったなあ~」
その空のように晴れやかな表情でかなめが言う。
「そうだな」
宗介も同意して呟いた。
かなめからは横顔で、しかも日差しが眩しくてハッキリ見えなかったけれど、その時の彼は嬉しそうに見えた。
続く
以前描いた絵の元ネタ。おまけの小話です。
ネタのつもりで思いついたんですが、書いてるうちに結構マジメな話になったようなならないような?(笑
軍曹さん視点の割と短いお話。
8/3追記
えーご指摘頂いたので。注釈とか色々追記です。
今回文中恭子ちゃんの漢字が間違ってました;スイマセン!!
あと、オノDが宗介を冒頭君付けしてるのは、冒頭が何かの(ボールはトモダチ的な)パロディーだからです。
文章後半で宗介を君付けしてるのは風間君ですよ~。
「む」
黄色い髪の男子生徒、小野寺孝太郎と、ムッツリ顔の男子生徒、相良宗介が華麗なパスワークで敵陣を抜く。
「くそっ!!」
「やるなあいつ等!!」
あっさりやり過ごされ敵チームは悔し気に呟いていた。
その日は一時間目から2年2組と4組の2クラス合同体育だった。
男子はサッカーの試合の最中で、ゲームはどうやら4組が優勢のようだ。
ボールのコントロールやルールの把握はイマイチ不安だが、宗介は敵をかわす事にかけて才能を発揮した。
そこに運動神経の良いの孝太郎がフォローしつつ組むことで、彼らは中々のコンビネーションを見せていたのだ。
「おぉ~~~っと! 小野寺君と相良君の黄金コンビを誰も止められないのかーーー!!
もはやゴールは目前、しかしその先には2組のSGGK、森●くんがあ~~!!」
何時から黄金コンビになったのかは不明だがベンチの風間信二は実況になりきっていた。
ちなみに2組のゴールキーパーの名前は田中だ。
「オノD決めろー!」
「行けー!逆転だぞー!」
「S・G・G・K!!」 「S・G・G・K!!」 「S・G・G・K!!」
2組も4組もベンチサイドは一層の盛り上がりを見せている。
試合のボルテージは最高潮、お調子者の孝太郎はウズウズと湧く闘争心をこの上ないほど掻き立てられていた。
「舐めるなぁ!! 俺は冬のライオン、孤高のファンタジスタ、止められると思うな!! 見せてやる、これが俺の稲妻シューーーー」
彼は得たいの知れない事を叫ぶと右脚を大きく振り上げた…!!その瞬間。
――カッっっ―‥‥
「あぁっ!! 小野寺君の足元から目映い光が放たれたあ~~~!! 凄い、これが本物の稲妻‥‥‥‥って、えぇ?!」
孝太郎がシュートを放とうと軸足を踏み込んだ刹那、真っ白い閃光が孝太郎を中心に炸裂した。
「うわぁあああ」 「なんだこれ、うお、目いてえ!!」
一瞬にしてゲームは混乱の渦、閃光に飲まれた生徒たちがバタバタと崩れ落ちる。それはまさに地獄絵図‥‥。
「ううっ‥‥」
やがて混乱も収まり、問題の中心に居た孝太郎もムクリと起き上がった。
「‥‥お、俺のシュートはこんなにも‥‥‥‥ってなわけねえっ‥!!!」
そう、先程の目映い閃光は漫画的エフェクトなどでは勿論無い、それは。
「さーがーるぁぁあああーーー!!」
傍らでちゃっかり閃光を防いでいた宗介の首根っこを孝太郎はむんずと掴む。
「‥‥安心しろ、それは単なる閃光弾タイプの地雷だ。 分かるように目印をつけて置いたというのに、愚かだぞ小野寺」
「てんめえええええええええええええ!!!」
「む‥‥‥‥?!」
*******
「ピピーーーっ!!試合終了~~~~!!」
2年4組の男子が一名を除いてはしゃいでいる。
その除外一名…相良宗介はというと2クラスの生徒に囲まれた挙句、退場をくらい、グラウンドの片隅で仕掛けた地雷を掘り返していたのだった。
「おうおう元気に穴堀してるかね~相良君! お前のおかげで一時はどうなるかと思ったぜ、ったく!!」
一人でハットトリックを決めた孝太郎がふんぞり返って歩いてきた。
「勝ったのか、よくやったな」
「お前が言うな!!」
「む?」
孝太郎は宗介の胸倉をむんずと掴む。
「まあまあ、勝ったんだからいいじゃない、それにしても‥‥」
風間信二が宥めながら、その視線をグラウンドへと移す。
「女子はマラソンかあ。何もこの暑い時やら無くても良いのにね‥‥」
彼の言葉どおり、熱気に蒸された校庭のトラックを女子達が必死に走っているところだった。
3人は暫し無言でその光景を見ていた。
「うーん、しかし‥‥」
やがて孝太郎が口を切る。何やら思案しつつ手を顎にそえており‥‥さながら芸術評論家のような雰囲気だ。
「いや、これはこれで、なかなか良いんじゃないか風間君?」
すると風間信二は何処からともなく一眼レフカメラを取り出し、呟いた。
「そうだね、実は僕もそう思っていたところなんだよ、小野寺君」
「解るかい?見てごらんよ、暑さに悶えながらも懸命に走る姿、‥‥なんと言うかこう、色っぽいとは思わないか?」
「解る、解るよ!!」
二人は視線を合わせ意思を疎通しニヤリと笑った。傍から見るとなんだか気持ちが悪い。
「特にほら、あの先頭を走る‥‥なんだっけ、2組の‥‥」
信二のファインダーが一人の長身の女子を捕らえる。
「なんだっけか、ショウジ?バスケ部の‥‥、近頃良いよなあ、あのキュッとしまったウエスト、しなやかな脚線美‥‥、たまらんなあ~」
孝太郎は高校生とは思えない親父のような感想を述べ、鼻の下を伸ばしていた。
一方。思春期真っ盛りの男子二人をよそに宗介はというと‥‥。
「解らんな‥‥」とか不服そうに呟いただけで、ムッツリ顔で地面をホジくり返す作業を続けるだけだった。
ところがそのとき‥‥。
――ズカズカズカズカっ!!!
聞きなれた‥‥しかし何時もよりも数段テンポも勢いも上の音がトラックから響いて思わずそちらを見る。
「むっ‥‥?」
「うわっ‥‥100M走かよ‥‥アイツ」
トラックのゴール200M手前、それは砂煙を巻き上げて数名の先頭集団をゴボウ抜き、猛進してきた。
「あっ‥‥!!」
信二のファインダーに、東海林を追い抜くその何かが移る。東海林の表情には驚愕と落胆の色が明らかに映っていた。
「あ~東海林さんかわいそうに‥‥」
「コレ5キロ走ってんだろ?アイツどんだけ体力あんだよ‥」
信二と孝太郎は先程女子に向けていた憧憬の眼差しとは一転、お世辞にも色っぽいとは言えないその姿に半ば呆れ顔だ。
しかしただ一人、その驚異的な疾走に真剣な眼差しを向ける人間がいた。 『女子<<<<<<土弄り』 だった宗助だ。
――無駄の無い筋力の流動、 理想的なリズム、 爪先からその流れる髪までが形作る芸術的な流線形のフォルム。
その目はゴールの遙か遙か先を見つめ、身体ごと空気を切り裂いて突き抜けて行く‥‥なんとも爽快だ。
…きっとあれはどこまでも自由でどこまでも力強く、誰かの心すら、衝き動かす。
それをイメージするならば闇を撃つ光に似た『煌き』。
宗介は眼が離せないまま、ぼんやりと、それが後姿になるまで見送った。
*******
やがて別の意味で絶句していた孝太郎が呟いた。
「にしても、アイツ購買のパン買いにでも行く気か?‥‥‥‥‥‥千鳥」
信二も続いた。
「うん、なんか最早恐いね、‥‥‥‥‥‥千鳥さん」
そして最後に宗介が言う。
「まるで最新型のステルスミサイルのようだ、流石だな……千鳥!」
「「は?」」
パーーーン!!
一人のズレた発言が生み出した珍妙な空気をゴールの銃声が掻き消す。
ステルスミサイル…千鳥かなめはゴールしても尚勢い余って100M程余計に走って行った。
その後を続々と二位以下が辿り着くが、ほとんど同時にへたり込み息をあらげている。
すると突然孝太郎が眼の色を変え、騒ぎ出す。
「おお…ファンタスティック!! 見ろ諸君…なんともエロチックではないか…荒い息づかい、上気した肌!!
彼女達はさながらこの世に迷い込んだ天使!! …撮ってるかね風間クン!」
「もちろんさぁ、もー何て言うかエロテロリストだね…!」
なんかもう思春期男子は色々危ない。
「何? 女子にテロリストが紛れ込んでいるのか風間?」
どこからともなく宗助は小銃を取出した。こちらも色々危ない。
一方首位独走ゴールを決めた千鳥かなめはというと‥‥
「しゃーーーーーーーーーーー!!」
両手を天高く突き上げ何やらガッツポーズなんて決めている。
それを見た孝太郎と信二は同時にため息を漏らした。
「‥‥あれじゃあな‥‥」
「ははは…何て言うかもう…コメントのしようもないよ」
しかしそこに宗介がコメントを付け加える。
「ああ確かに、全く千鳥の走りは非の打ち所がないな。」
「「は?」」
またしても焦点のずれた発言に二人そろって疑問符を投げかけてきた。
「む?」
「いやー相良君確かに速いけどさ。そうじゃなくてー」
「そーそー、あんなゴーカイな姿見せられもそそらねーて話しよ‥‥」
「そそる?」
宗介は怪訝顔で聞き返す。
「キレイだなーとかセクシーだなーとか、思わねーて事。
あいつスタイルも顔も申し分無いのに、自ら魅力を半減させてるよなー。 いやー勿体ない」
「‥‥‥‥‥‥。」
孝太郎の言葉を宗介は暫く黙って聞いていた、そして何かを考えるような仕草を見せてから‥‥
「いやそれならば寧ろ。」
やっと宗助が何か言いかけたのだが逡巡して止めた
「ん…?」
孝太郎が不思議そうに首をかしげる。
「なんだよ相良?」
「‥‥いや、何でもない。 それよりも風間、テロリストは何処だ? 隠すと為にならんぞ。」
宗介はまだ小銃をちらつかせている。
「いねーよ!んなもん!」
「あのね相良君、エロテロリストというのはだね…て何を言ってんだろう僕…。
‥‥あっ!!!! ていうか、こんな事してる場合じゃ無いよ!! そろそろ片付けに参加しないと。」
「んなもんサボってとっとと着替えよーぜ~。」
心底だるそうに孝太郎は言うが、信二は賛成しない。
「ダメだよ、あの先生恐いって有名で。そもそもオノD体育委員じゃないか‥‥」
「ちーー。」
そんな事を言いつつ二人はグラウンドに戻っていった。
一方、体育教師から地雷の撤去を命じられていた宗助は引き続き作業に戻る事にした。
――キレイとかセクシーとか~‥‥
孝太郎の言葉を思い出す。もしかしたら自分の美的間隔はズレて居るのかも知れないが。
あの芸術的なフォルムを、あの生命力を、宗助は素晴らしいと思った。鋭く美しく、見ているだけで胸のすくあの感じ…。
友人らの評価が低い事はいささか不可解だったが、実は少し喜びすら覚えていた。
先程の感覚を思い出す、仰々しいけれど、光が踊るようなそんなヴィジョン。
それが自分だけが捉えた彼女、自分だけが捉える『セカイ』。
そして自分はそれを取り巻く一部で、そこに居れる事が自分は‥‥嬉しい?楽しい?
‥‥どう形容するのか今の宗介には解らなかったけれど、この気持ちを自分だけが持って居れたとしたら‥‥。
それが含有するものに何か、優越感や誇らしさを覚え、さっきは途中で言葉を止めたのだった。
「うむ」
宗助は何やら一人満足気に頷くと、再び地面を掘り始めた。
そこへ突然、水呑場の方から声が飛び込んできた。4組の女子たちだ、かなめも居る。
「き、気持ちわるい…、もう倒れちゃいそうだよ‥‥」
ぼさぼさのミツアミに青い顔で常盤恭子が弱弱しく呟いている。
「みんなこの暑いのに最初っから張り切るからバテるのよ、力は計画的に、そしてここぞって時に一気に解放するもんよ!」
水道の水を空のペットボトルに注ぎながらかなめが言う。
「成る程ー‥‥流石カナちゃん狡賢いなあ」
「あんですって‥‥!?」
このアマ‥‥とかなめが小突こうとするが、恭子はナンだかこう、ヤバそうだ。
「う、うぇ‥‥キボヂワルイ‥‥。にしても、カナちゃん元気だね」
恭子の言うとおり、シャキシャキ動いている女子はかなめ一人だけだった。
「うー‥‥でも、暑くて私も気持ちワリーわよ、あーシャワー浴びたい!」
そう言うとかなめはおもむろにペットボトルの水を頭からひっかけた。
水は彼女の髪や頬を艶やかに滑り雫を滴らせ体操着を遠慮無く濡らす、
そのせいで彼女の肩や鎖骨がボンヤリと透けて見えていた。
「ちょっとカナちゃーん‥‥!」
「いーのよ、あっちーんだもん!」
一方そこから数メートル離れたグラウンドの隅。
幸か不幸か‥‥かなめの一連の行動を宗助は見ていた。いや、見てしまったのだ。
「あれは‥‥なんだ」
水を纏った彼女は陽射しに輝いて、えもいわれぬ美しさだった。
それだけでは無い、張り付く髪、ほんのり紅潮した肌、妖しく透けた部分、
そして湿ってピッチリとした布に包まれ、遠慮なく形が顕わになったその、柔らかそう、としか形容のしようがない丸い‥‥身体。
手を伸ばして‥‥出来る事ならば‥‥
「――はっ!!」
そこまで辿り着いて宗介は思考回路を切断した。
(‥‥なんという‥‥、破廉恥なっ!!)
何だかとてつもなく神聖不可侵なモノを侵してしまうような、彼はそんな自分の思考を激しく恥じる。
(落ち着け、今何を思った‥‥?! 何を考えているのだ俺は!? まるで千鳥を自分の欲望の対象のように‥‥!)
宗介は握った拳で地面を殴りつけた。
(千鳥はそもそも護衛の対象であって‥‥こんな‥手前勝手で卑猥な感情の対象にしては彼女に失礼ではないか‥‥。)
それからひたすら地面を殴り続けたので、気付いたら息が上がっていた。
「はあ‥‥はあ‥‥。」
空気を吸い込むと少しずつ思考は冷静さを取り戻す。
――彼女の世界は時に眩し過ぎる。
‥‥そうだそれがいけない。
自分は『まだ』それを見る勇気を持ち合わせては居ない
‥‥そもそもその資格は『まだ』無い‥‥!
そういった事が許される関係性では『まだ』無いのだ!
宗介の頭の中では高速で理論が並べ立てられ、『まだ』の部分は異様に強調されていた。
(そう、『まだ』なのだ。絶望的という訳ではないあくまでも。)
そして先程の思考について自分の内で色々と協議がなされ‥‥
結果‥‥‥‥、哀れ宗介は凄い勢いで眼を逸らした。
水呑場の方からは未だパシャパシャきゃーきゃー聞こえてくるが、彼は強い精神力でこの場を乗り切る事にした。
だが‥‥‥‥‥‥。
「おぉおおおおおおーーーかっ風間君っ!なんか千鳥のヤツがすっげえ色っぽいんじゃねーか?!!」
「お、小野寺君! あ、あれはまさか‥‥伝説の濡れてピッチリ体操服&ブルマっていうヤツじゃあ‥‥!」
宗介はハッと顔をあげて声のする方を見た、何時の間にか戻ってきた孝太郎と信二が締まりの無い表情でコチラに向かってくる。
――さらに!
「あれーー。 ソースケ、あんた何やってんのー?」
その反対側から『伝説のピッチリ体操着ブルマ』、千鳥かなめの声が近づいてくる。
宗介はそちらも振り返るが、振り返った瞬間かなめの艶やかな肌が飛び込んできて、コンマ0秒で顔を元に戻した。
そして次に風間信二を見たときには彼の手には一眼レフカメラが握られており‥‥。
(まずい‥‥このままでは‥‥‥‥!!!)
思うより早く、宗介は猛烈な勢いで掘り返した地雷を信二たちの足元に埋めなおしていた。そして叫ぶ。
「来るなっ‥‥!!千鳥‥‥!!」
「ほえ‥‥?」
宗介は横っ跳びしてかなめを抱きかかえた、次の瞬間。
――カッ‥‥‥‥‥‥!!!
「う、うわあああああああ!!」
「相良お前ってヤツはまた、‥‥何だコレ、ぎゃあああああああ!!」
それは先程のものとは少し違う、閃光と少々の煙幕と、それから嫌な匂いの得体の知らない粘着質なモノが炸裂するという‥‥‥‥
なんとも陰湿極まりない地雷だった。余談だが宗介はそれを自信作だと言っていた。
*******
暫くして、煙幕が晴れると、これで二度目の地獄絵図が展開されていた。今度は気絶している生徒すら居る。
「な‥‥な‥‥何をやってんのよあんたはぁあ~‥‥」
あまりの事に腰を抜かしたかなめが声を震わせて訴える。
宗介は応えず、かなめを抱き起こした、やや上乗りな体勢である。それから相変わらず無言で体操着の上着を脱ぎだした。
「い‥‥!!ちょっ‥‥!!なにやってんのよアンタ!! やだ!!こんなとこであたし‥‥‥‥!!」
かなめが真っ赤になって宗介の胸元をポカスカやっていると、
バサっ!!
無理矢理、しかも乱暴に一回りも二回りも大きな体操着を着せられた。
「え‥‥? 何? どういう事?」
「いいから着ていろ。」
それからどこから奪い取ってきたのか、ハンドタオルでかなめの頭をグシャグシャにしていった。
「いた‥‥いたい、‥‥痛いよ~!!」
どうやら拭いてくれているらしいが、不器用な彼の手つきは何とも粗暴だ。
「‥‥ちょっともう!! なんなのよアンタ‥‥!!」
やっとの事でタオルを奪ってかなめが宗介を睨みつける。
気付くと、二人の距離はかなり近く、かなめは宗介の眼に捉えられていた。
「‥‥?」
宗介がムッツリとかなめを見ている。
「‥‥‥?な‥‥なんとか言いなさいよ!」
絶えられずかなめが真っ赤になって先に眼を逸らしてしまった。
心なしか安心したような顔をして「よし」とか呟いてから宗介が立ち上がる。
「一体なんなのよ‥‥?」
まだ赤い顔をしているかなめをよそに、宗介はおもむろに何かを取り出す。
黄色い布地に黒でkeep outと書かれたテープだ。
「‥‥‥‥で、今度は何やってんの。 あんた?」
宗介は自分とかなめの半径1メートルくらいを黄色いテープでグルグル巻きに囲っていった。
「先程、君の周囲一体に大量の地雷を埋めた、まだ残っている筈なのでな‥‥」
「‥‥んなっ!!!」
絶句。しかし直ぐにかなめは顔をあげて力いっぱい叫ぶ。
「なーーーーーーんて事すんのよーーー!!!」
スパーーーン!!!絶叫とともにハリセンのスウィングが唸り宗介はグラウンドにめり込んだ。
「くぬくぬっ!」
地に伏した宗介をかなめがけた繰り回す。
「痛いぞ千鳥、何をする」
「なにおする、ぢゃないわよ! あたしの周りを地雷まみれにしてどーすんのよ!!」
かなめの啖呵に加え、いーぞいーぞ!やっちゃえやっちゃえー。とか周囲の野次も飛んでいた。
「いいんだこれで、 ‥‥これで俺以外入れない。」
宗介が何か言ったけれど、周囲からの非難の声に掻き消えかなめには届かなかった。
「は‥‥?!」
「いや問題ない」
――自分だけが見るセカイの自分だけが知る彼女、出来ることなら、他の誰にも見せたくない。
誇れるものなんて、戦いに纏わる物くらいしかなかった。けれど現在は、この小さなセカイがとても誇らしい。
「へんなの~!」
そういうとかなめは晴れやかに笑った。
先程と違い、(宗介のせいで)頭はぼさぼさで、(宗介のせいで)体操服はブカブカ。なんとも不恰好。
それでもまた、彼の眼には光が踊るのが見えた。
彼女とそして彼のセカイは今日も輝いている。
要は相良ビジョンのお話でした。
戦争ボケの宗介は、彼独自の世界観(少なくともプラスの方向のは)とかそういうの持ち合わせていないだろうなあて思ったのですが、
カナちゃんと過ごしてからは少しずつ世界に色がついたんじゃあないかな?
宗介はちろりと出会うことで、変わって、それを素直に凄く嬉しく思ってるような気がする。
ソーカナにおいてそういうのが凄い好きです。
もっと相良さんを変態ちっくにしても良かったと後悔。
いやーエロっちいのとか、心情描写は難しいですね。精進精進!
読んでくださり有難うございました!
もっと削ろうと思ったんですが、記念物なんで、時間に制限がですね;
最初の下り要らないじゃんって感じです。
でもクラスのドタバタ劇とかそーかなの漫才を書くのが凄く楽しくてですねー;
でも今回は実は、ピンチのソースケが書きたかった感じで…そして色々と実験的な話でした。
宗介が生きる喜びと命の重さを感じて、誕生日の重要さを理解してくれればーという。
戦闘シーンも、ちょっと書いて見たかっただけです。
なによりもASの装甲がペラッペラですね、こんなに弱くないし、きっと通電しない筈!
設定も割と矛盾だらけですけど軽く読み飛ばして下さい;
最後はもっとお色気出していくはずだったんですけど、なんともソフトな感じになってしまいましたー。
次はもっとこう、お色気頑張ろう!
慌てて書いたので色々雑なSSですけども読んでいただいて本当に有難うございます。
補足
端折りましたが、無人島に潜伏してたのは何だったんだ!てとこですが・・・
アマルガムの末端の末端・・・くらいの人だと思って下さい。
大した装備も無いので小ずるい手を使って嵌めてきたという設定。
ちなみに中国の軍事で人工スモッグ云々は勿論大嘘です。
中国では人工降雨機を実用化させてるとかいう噂を聞いたことがあったんで、それで。