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それから航行することおよそ30分。
「あれだ‥‥」
むっつり顔で何も無い海を凝視していた宗介が唐突に口を開いた。
「え‥‥あ、なに?」
魚でも捜していたのか、船のヘリに寄りかかっていたかなめは少し驚いてから宗介の方を振り返る。
「見えた、間も無く上陸する。」
そう言って宗介はその方向を指差した。
彼の無感動な物言いとは裏腹に、そこには何とも感動的な景色が広がっていた。
青い海に突如ぽっかりと浮かんだ岩肌‥‥いや、島だ。
それは島と呼ぶには小さく、植物も見当たらないただの真っ白の岩肌だったが、
浅瀬は青く透明な水に白い岩肌を覗かせ、光の反射が良く映えていた。
そして水深を増すに連れ、水色がエメラルドグリーンに、それからコバルトブルーにグラデーションを作る。
それはさながら、何かの宝石のようだった。
「すごいすごい‥‥! キレイ!! ここまだ日本よね?! すごいっ‥‥!! 外国みたい‥‥」
『アジアのグレートバリアリーフだなんだ!!』 とかなめは見るなり眼を輝かせた。
はしゃいだり、うっとりしたり、表情をクルクルと変えている。
そんな彼女を見て、宗介はただただ満足げに小刻みに頷いていた。
―程なく、船は島の手近な浅瀬近くに碇を下ろした。
かなめはこの絶景にそぐわないイカ釣り漁船とサンダルをさっさと捨て去り、その透き通る浅瀬に裸足を突っ込む!
「あはっ‥‥!! つめたーい!!」
かなめは裸足でチャプチャプと浅瀬を跳ね回るというお約束の行動に出る。
その様子はどこかのグラビアアイドルの様に可憐で、かつ美しい。
「太平洋だからな。 水が熱くては漁業が成り立たん 」
そんなかなめの様子を尻目に宗介は何やら荷物を下ろしながら、身も蓋も無いような台詞を吐き捨てた。
しかしそう言いながらも、ふいに彼はかなめの手をとった。
「‥‥えっ‥‥!!」
突然の出来事にかなめは面食らう。
「気をつけろ、千鳥。 急に陥没している箇所もあるからな、それに人の踏み込んだ痕跡が少ない、裸足で無闇に歩くと怪我をする。」
驚いて見やった彼の表情は何時も通りのムッツリ顔で、物言いも味気無い。
だけど、手と肩とをしっかりと支える彼の手が、暖かくて、ゆっくりとかなめを促す仕草はどこまでも優しかった。
「‥‥そ、それにしても、ここって無人島? ソースケ良く知ってたわよね、こんな小さな島!!」
胸が勝手に早打ちを始めるのを誤魔化したくてかなめは妙に茶化した声で話題をふった。
「以前、上空を通った時に見つけたのだ。 それまでは確か何も無かった筈なのだが、地形変動か何かだろうな」
「なるほど、良く来るのここ?」
そろり、そろりと足元を探りながらかなめと寄り添って歩く宗介に訊ねる。
「俺は何度か来ている。 だが人に話したことは無い。」
「へえ~、何だか秘密基地みたいね。ん~~、いいなこういうの。ワクワクする!」
そう言ってかなめは思わずスキップしそうになるところを、慌てて宗介が止めた。
「ワクワク‥‥楽しいのか?」
「そうね、‥‥とっても!」
かなめは子供のように白い歯を見せて笑う。
「そうか、それは良かった。」
そう言った宗介のへの字口が僅かに綻んでいた。
「‥‥でもなんか悪いなあ~。 独り占めしたかったんじゃないの?」
足場の悪いところを歩いており、かなめは少しよたついてしまった。
前のめりになったところをすかさず宗介が支え、顔をあげると丁度彼と眼が合った。
そして眼を合わせたまま、至ってマジメな面持ちで宗介は言う。
「いや、ここを見たとき先ず君に見せようと思った。」
「え?!ど、どおして‥‥?」
何の準備も無いところに、宗介が唐突に振るものだから、かなめは一気に動揺してしまった。
動揺を鎮めようと、世間話を振ったのに、全く逆効果だ。
「‥‥喜ぶと思った。 それに、君にふさわしいと思った。 ‥‥さっき確信したがやはり、その‥‥思ったとおりだった。」
宗介はそれに「良かった‥‥」と小さな声で付け加えて後はムッツリと黙りこくった。
どうやら彼も先程のかなめの水との戯れをしっかり心に刻んでいたようだ。
‥‥繋いでいる彼の手が熱い。かなめの頬も、熱い。
陸地までもうあと数歩。浅くなるほどに日差しを浴びてぬるくなる海水を足元に感じる。
それは若しかしたら自分達の熱のせいなのでは無いかと、そんな錯覚をしていまいそうだった。
「‥‥‥‥」
一旦止まってしまったお喋りは、なかなか再開のきっかけが掴めないでいた。
先程かなめが見捨てて来た、盆踊り会場のような船にはアレほどガッカリしたというのに‥‥
いざ『こういう雰囲気』になると、もうどうして良いのか分からなくなるのだ。
もはや借りてきた猫、何時もの威勢の良さはどこへやら、である。
今自分はどんな顔をしているんだろう‥‥?
心臓の音‥‥聞こえたらどうしよう‥‥?
そんな事を考えると、急に何もかもが恥ずかしくなってしまって。
――パシャン‥‥!
かなめは突然陸地を目指して駆け出した。
「‥‥?!待て千鳥!!」
すかさず宗介が叫ぶ。手も伸ばしたが届かない。
「いやよ!! こんなキレイなところでハシャがないのは勿体無いんだもん‥‥!」
かなめは振り返りもせず、軽やかな足取りで海面に小さな波紋を作っていく。
「‥‥それは結構な事なのだが‥‥、 しかし待て!!」
「やーーーーーよ!!!」
宗介はなんとか足止めしようと努めるが、彼女の悪ノリは止まらない。
宗介を振り返り、悪の帝王の様な顔でかなめはせせら笑った。
「‥‥ふっ! この島をあんたより先に征服してやるんだから!!悔しい?悔しいでしょう?! ふはははっ!!」
「‥‥いやしかし‥‥」
「ふふん! その上この島に素晴らしい名前をつけてやるわ!!‥‥アルゼンチンバックブリーカー島ってどう? イカすでしょっ?!!」
「駄目だ。」
「早っ!! くっ何故よ!!」
間髪いれず宗介が応え、かなめは悔しそうである。
「長い。 それに何故かそこはかとなくバイオレンスな雰囲気を漂わせているぞ‥‥、
いや、それよりも良いから止まるんだ、頼むから止まってくれ千鳥‥‥」
いよいよ大量の汗を額から流しながら宗介が懇願するのだが。
「そんなこと言っても、もう駄目よっ。 ついにあたしが先に上陸しー‥‥!」
かなめは両足をついに雪白の陸地へと踏み下ろした‥‥のも束の間、
「あづいいいいいいい!!!」
つんざく様な悲鳴をあげて、かなめは飛んで浅瀬の中に戻ってきた。
強烈な日光に晒された岩を踏めばそれはそれは熱いはずである。
「だから言ったのだ。」
「うううう、早く言ってよ‥‥」
かなめは足の裏がまだヒリヒリしているので、ヒョコヒョコ足踏みしながら涙眼で抗議する。
「それにしても君らしくない不注意だ。 一体何を動揺しているのだ? 」
「えっ‥‥ 」
ぎくりとしてかなめが口ごもる。 ただの照れ隠しだなんて、言えない。
「‥‥あ、あたしってほら、何だか急にハイになる時があってね‥‥! そういうお年頃なのよねっ! うは、うははははっ‥‥」
すると宗介は途端に青い顔をして、そして恐る恐る呟いた。
「千鳥‥‥それはまさか、何か危ない薬を‥‥‥‥」
「なわきゃないでしょっ!!」
至極失礼なカンチガイをかなめが突っ込んで一掃した。
肝心の宗介はとんでもない事を言っておいて、次の時には何も無かった様に肩に担いでいた荷物をごそごそ漁り出すのだった。
「‥‥常に足元も保護しておく事を推奨するぞ。 本当はもっと強度の高い物が好ましいのだが‥‥」
そう言って、イカ釣り漁船に放り投げた筈のかなめのサンダルを取り出して渡した。
ちらりと彼の足元を見ると彼の靴は、コンバットブーツだ。
「持ってきてくれたの? ‥‥ありがと。」
何時に無く気が利く彼に驚いてか、かなめは素直に礼を言って、サンダルを履いて陸に上がった。
*****
どこか目的地があるようで、かなめの半歩先を宗介は黙々と歩いていた。
彼について歩きながら、かなめは改めて、その島の正体を肉眼で捕らえる。
島はどこを見ても真っ白な岩壁がなだらかに広がっていて、
ところどころに隆起した山や谷の地形が、個性的なオブジェの様だ。
「‥‥へぇ~~。」
一体何が起こるんだろう?! 眼に映る全てが彼女の好奇心を掻き立てて止まない。
何もかも新鮮だった、この海も、この島も、先を歩く宗介も‥‥。
よくよく考えたら、宗介の背中を見ながら歩くことは珍しい。
何時も彼はかなめの半歩後ろを、いや、近頃は隣に並んで歩いている。
そんな事を思いながら、かなめはぼんやりと、宗介の背中を見つめていた。
広くて大きくて。 それはきっと暖かいのだろう。
――何時も自分は、この背中に守られているのだな‥‥。
唐突に胸を幸福感が支配した。 何だかもう今、嬉しくて、楽しくて、たまらない。
「‥‥ソースケ!!」
気付くと、かなめは半歩踏み出し、勢いで宗介の腕に飛びついていた。
「む‥‥?」
「‥‥ねえっ、これからどこ行くの?!」
悪戯っ子の笑顔でかなめが訊ねる。
「す‥‥直ぐそこだ、そこのふもとだ。」
宗介は努めて冷静な声色で言う。そう、何事も無かったかのように。
‥‥それは彼なりの『背伸び』というヤツだった。
どうも今日の宗介からは、『自分がかなめを引っ張りたい』という風な強気な意志が垣間見えた。
そう思うほど、彼は彼女のはしゃぎ様に大満足で、少しばかり得意になっていたのかも知れない。
ただ、額から流れる滝のような汗が全てを物語ってしまっていたが。
「じゃ、ゴーゴー!! 早く行こ!!」
「ひ、引っ張るな千鳥、そもそもそっちじゃないぞ」
かなめにグイグイ引っ張られながら、宗介は汗をダラダラたらしていた。
まあ結局のところこうなるのだが‥‥。
続く