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後編2の続きです。


宗介の案内で辿り着いた所には、U字型の入り江が出来ていて、ふもとはなだらかな浜が広がっている。
入り江のヘリに取り囲まれ、プライベートビーチの様なそこは、程よい日陰もあり、なんとも過ごしやすそうだ。

「わお‥‥なんつーの? お金持ちのハゲのオッサンとか金髪のネーちゃんとか出てきそうだわ。」
かなめは感想に思った事をそのまま口に出したのだが、宗介はその意味を捉え損ね賢明に頭を捻らせている様子だ。
「‥‥すまんが‥‥どういうことだそれは‥‥」
「ゼータクだって事よ、ふふっ」
そう言って柔和な表情で彼女はゆっくりと歩き出す。
そんなかなめの背中で、彼女に見えないよう深く息を吸い込んでから、宗介が切り出す。

「‥‥ところでだ。 昨日君とやりたい事があると言ったが‥‥。」
「え?ああ、うん。 何やりたい事って?」
相槌を打って、かなめは昨日の彼の言葉を思い出す。

そうだった、だからこうして来たのだった。‥‥いや、根本的にはもっと重大な目的があった気がするのだが‥‥
今は次の彼の言葉が気になって、それ以上は考えられない。

「ああ、その、実はだな。」
そう言って宗介は肩の荷物からまたなにやら取り出す。深い草色のバックパックだが、先程から色々と出てくる。

『今日のコイツはドラ●もんみたいだ』とか『きっと得体の知れない凶器とか入ってんのよ』
とかかなめが思っていると、目的の正体が明らかになった。それは長い長い棒上の何か。

バックパックの大きさでは明らかに収まらないサイズだ。
なんて都合のいい設定だろうか‥‥そんな事を思いながら宗介の取り出すものかなめはをしげしげと眺める。

「あ、それって! ‥‥釣竿?」
「そうだ」
そう、宗介が取り出したのは二本の釣竿、‥‥及び釣具だ。

「あははっ。 じゃあ、あんたやっぱあたしとイカとか魚とか喰いたかったの?」
「いや‥‥それも違う。 というか俺は喰いたいばかりなのか‥‥」
そうつぶやいて、それからたっぷり間を置いてから宗介は切り出した。

「ただ‥‥一緒に釣がしたかったんだ」
「へ?」
かなめから間の抜けた声が漏れた。

「釣だ」
「へ?」
「フィッシングだ」
「‥‥?」
「рыбалкаだ」
「解るかっ!!」
「では何語ならいいのだ?!!」
宗介が当惑して訴える。

「‥‥そうじゃなくて、なんでまた‥‥あたしと?
いや、なんていうか‥‥一人でムッツリ釣るのが好きなんだと思ってたんだけど‥‥」
そう言ってかなめは、ただ思っただけの純粋な疑問を投げるのだった。
するとまた、たっぷりとした間の後で宗介が応える。

「以前、一緒にメリダ島で釣りをしたのを覚えているか?」
「あー、‥‥うん。 30分くらいしか出来なかったし、大物がかかったと思ったら時間切れだったけどね!」
思い起こす様にしてかなめは応える。その時の慌しさを思い出して思わずかなめは笑ってしまった。
「そうだったな。 だけど。」
宗介は一瞬何かを思い出すように遠くを見やる。
「ん?」
かなめは首をかしげて言葉を待った。
「楽しかったのだ。 今までに無いほど。」
「へっ?! ‥‥そ、そーなの?!」
宗介の言葉にかなめは目を丸くする。
「本当だ。 君のお陰で、なんというか凄く‥‥‥‥いや、面目無い、上手く言えんが‥‥。 俺の中で、貴重な時間だった」
「‥‥ソースケ‥‥」

かなめは記憶を辿って見た。
あの時、自分は彼になにかしてあげられただろうか? いや、思い当たる節は無い、強いて言えば傍に居た。
もう半年以上も前の事、そのホンの僅かな、ささやかな時間。ともすれば、その前後の過激な出来事の中に霞んでしまいそうだ。
実際かなめも宗介に言われやっと思い出した‥‥というところであった。
それを彼は気恥ずかしそうに、それで居てどこか誇らしげに、貴重だと、楽しかったと、そう言う。

彼の望みはどこまでも寡欲だ。そんな彼をかなめは少し悲しく思った。
それは彼の戦死した友の写真を見た時の思いと似ていた。ずっと握り締めて、くちゃくちゃになっても尚‥‥。

しかし同時に、慈愛に似た気持ちが込み上げてきて、不覚にも『きゅん』と胸が締め付けられるのだ。
(‥‥思い出をずっと大事に、してくれていたんだね。)

「出来ればまた何時か、そんな時間が過ごせたらと思っていた。 だからここに来た。 それに今日俺は君に‥‥」
「よーーーし。」
宗介がなにか言いかけていたが、間の悪いことに、かなめが突然声をあげた。
少し萎縮した宗介には露も気付気もせず、かなめは彼の肩をバンバン叩きまくる。

「いたい、いたいのだが千鳥‥‥」
「あはは。 ふふっ‥‥いいわよ、思う存分あんたと釣りに興じてあげるわ、ソースケ!
いっちょ大物釣ってやろうじゃない!! 美味しいの釣ったら今日の晩御飯にしてあげる!!」
そう言って、宗介に満面の笑顔で親指をグッとして見せた。
「了解した!」
宗介は力強く頷く。
「ん、いい返事ね! それじゃ、気合入れて釣るわよー!!」
それを合図に、二人は弾かれる様に釣りの体勢を整えるのだった。


*****


「‥‥よーし、やったね! これで‥‥4匹目っ!!」
「むぅ‥‥。」
かなめが勢い良く釣竿を振り上げたその先で、魚が跳ねている。
傍らの宗介はむっつりと釣竿を握ったままで、手元はずっと沈黙している。

「しかし、量より質だぞ、千鳥」
言いながら宗介は、自分の釣竿を置いて、彼女の釣った魚を手早く釣り針から解放してやる。
非常に手馴れており格好良い、そんなとこだけは彼が釣の玄人である事を匂わせている。(一向に釣れないが)

徒に釣るのはアングラー精神に反する。基本はキャッチ&リリースで、二人はただただ大物だけを狙っていた。

「はいはい、ねえ、ところで、この魚はなんて魚なの?見たところ、アジかな?」
「うむ、遠からずと言うところだ。流石だな千鳥。 アジには違いないが、Pseudocaranx dentex。
シマアジだな。マアジよりコイツは若干太い。バミューダ沖での訓練中など甲板の上で良く釣ったものだな。

‥‥そう言えばある日一向にシマアジが姿を見せなくなった事があってな。それを不審に思った俺は速やかに上官に報告した。
すると実はその日敵艦隊が俺たちを‥‥(以下中略)‥‥という訳であらゆる戦闘を経験してきた俺に言わせれば、そのような作戦行動など徒労に過ぎん。 というわけでシマアジだ。」
そう言って宗介はシマアジを海水へ泳がせてやる。すると‥‥
「何ですって?!なんて事を‥‥」
黙って聞いていたかなめが突然、尋常でない、といった様子で応えた。

「‥‥む? どうかしたのか千鳥?」
そんな彼女の様子を見て、思わず声に緊張の色が混じる。
「シマアジて‥‥高級魚なのよ?! 高いの‥‥。そうねあんたの弁当10日分くらい? 言ってみればアジの王様よ?
アジ界の中で‥‥一番えらいのよ?!」
かなめが深刻でいて神妙な面持ちで言い放つと、宗介の表情も途端に強張る。
「何っ‥‥?!‥‥くっ‥‥俺はみすみす10日分の弁当を。 それにしても偉いのか?初耳だ。」
「そうよ、偉いの。言ってみれば大佐よ?! アジ界の。」
かなめはさも物々しい雰囲気で言う、声に抑揚をつけ、大佐の部分には特に力を入れた。
「大佐か?!」
「大佐よっ!!」
かなめがビシッと言い切ったので宗介はごくりと息を呑んだ。
その時二人は海へ還るシマアジの美しい銀色に、ある少女の髪の色を重ねていたのであった。

‥‥ともあれ。そんなナンセンスな会話を先程から二人は繰り広げている。
他人が聞けば、何ともツッコミどころ満載なそれはユルい会話であるが‥‥、かなめは何か喋るたびケラケラと明るく笑い大層楽しそうだ。
それは宗介も同じ、かなめほど表情の変化は無いが、何時も以上に饒舌で、証拠にいよいよ宗介は顎が痛かった。

宗介はやはり釣は玄人である。沢山の魚を知っていて、かなめが魚を釣るたびに名前や特徴を教えてくれるのであった。
戦争意外にこんな知識が、‥‥何時もとは違う意味で宗介が頼もしく思える。
そして感心すると共に彼の新たな一面を見れた気がしてかなめは何だか嬉しかった。

「刺身に、塩焼き、‥‥そうねマリネにしても美味しいわ。」
かなめはお返しにと、魚の値段や調理法を教えてやる。
「そうか‥‥、それは‥‥さぞ美味だろうな。」
そしてその度に宗介は想像力を駆使して、かなめの手で調理された御馳走を堪能するのであった。
「‥‥無念だ。」
その想像があまりにも美味だったのだろう。彼はかなめの隣でシュンと項垂れる。

「まあまあ、過ぎた事を悔やんだって始まらないわ! この広い太平洋にはもっともっと美味なものが存在しているのよ! 悔しかったら根性見せて釣る!!」
「む‥‥そうだな!」

二人は再び競うように釣竿を振り下ろすのだった。
宗介は何時に無く無邪気で、かなめが盗み見た彼の横顔は大層眩しい。

*****


「‥‥ほら、またかかった! これはどうっ?! あ、これって。」
「イエローテイル‥‥まあ、ブリだな。」
かなめはついに10匹目を釣り上げたところで、宗介は尚も律儀に解説していた。

「やっぱり? う~ん鰤なら、何てったってブリ大根よ!! ブ・リ・大・根!! 家計にも優しいわ。
でもね、今の時期は残念だけど旬じゃないのよ、ささ、リリースリリース。 ごめんねブリさん。」

言われるままに宗介は、素晴らしい手つきで鰤を海へと開放すると、おもむろに訊ねてきた。
「ブリ大根とは‥‥? ブリと大根を‥‥どうする? 三日三晩燻した上でジャーキーにでもするのか‥‥?
うむ、いざと言う時の保存食にもなるな。まあまあ美味そうだ。」
宗介は脳内で自分なりの調理をして、一人で納得していたが
「そ、そうかしら‥‥、ていうかどういう発想よ‥‥。」
『鰤大根ジャーキー』を想像してしまったのか、かなめはげんなりして返す。

「違うのか? 良くわからん、説明してくれ。」
「良いでしょう。」
かなめは人差し指をビシッと立て、したり顔でお料理講義を始めた。

「鰤の切り身と輪切りの大根をね、お醤油と砂糖と、あとみりんや生姜ね。一緒に入れてコトコト煮るのよ。」
「ふむ‥‥。」
「冬の時期が最高ね! 下手間をかけてよーく味染み込ませたら絶品よ。 ほくほくして甘くてね、美味しいんだから。」
「‥‥‥そのようだな。」
宗介はどことなく、夢を見るような表情で呟く。
かなめの丁寧な説明は宗介の乏しい想像力を補って、彼にはその食感まで容易に想像できたのだった。

「まあなんていうのかしら、オフクロの味ってヤツね。」
かなめが何の気無くそう言うと、宗介が小首をかしげ訊ねる。
「オフクロノアジ‥‥? なんだ、知らん日本語だな。」
外国生活が長い宗介には、日本語のメタファー的な意味解釈は時々困難な様である。

「うーん、何と言ったらいいかしらね。 じゃあ、例えば、想像してみて? いい?
美味しいけど毎日毎日味気なーい外食生活をしたり、栄養補助食品ばっか食べたり、そんな生活を繰り返すの、
そしたらあんたが無性~~にコレが食べたいって思うモノ、どう、ある?」
すると宗介は一瞬うつむき考えるそぶりを見せただけで、直ぐにキッパリとこう言った。

「君の作ったカレーが食べたいと思うぞ。」

さも当然とでも言うような顔つきで、堂々と。

(くっ‥‥時々コイツはさらっとこういう事をいうのよね‥‥)
何の打算も、思惑も無い純心。かなめはそのストレートさが酷く照れくさいと同時に、なんだか少しそれが憎いような気がした。

「‥‥‥。まあ。そ、それがお袋の味ってヤツよ、覚えときなさい。」
「そうなのか‥‥。 ‥‥む? どうした千鳥、顔が赤いぞ? 熱でもあるのでは無いか?」
「な、無いわよっ! 夕日のせいじゃない?!」
ぷいっと、そっぽを向いたかなめを宗介は不思議そうに見つめると、彼女の向こう側の空と海の境目にほんのりピンク色が注しているのが見える。
二人は釣りに‥‥というよりも、そこに飛び交う何気ない、しかし楽しいやり取りに没頭して、気付けば日はとっぷりと暮れようとしていた。


「ところで千鳥、冬になったらそのブリ大根とやらも食べてみたいのだが。」
「はいはい、冬まで『オアズケ』してたら作ってあげるわよ。 おりこうさんにしてなさい。」
「うむ‥‥‥‥。」

続く

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