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1の続き。

放課後、宗介は帰り道の商店街を彷徨い、困り果てていた。

常盤恭子。

大人しそうだが、妙な色眼鏡で他人を判断しない殊勝な人物だ。
しかし同時に、かなめの友人だけあってしたたかな少女だと宗介は思う。
あらゆる難解な作戦も突破してきたというのに、一人の少女に出された難題に宗介は困窮を極めていた。

一体何を贈れば喜ぶというのだろうか。
やはり優れた最新の武器など‥‥いや受け取るのは俺じゃない、彼女だ‥‥。
以前ならこの時点で失敗しているところだが、気付いたあたりが進歩と言えるのか‥‥。
残念ながら解決策は見だせなかったが。

多分きっと、懸命に悩みあぐねた時間こそに価値があるものだ。それが届けば何でも良い。
実際、友人想いな恭子の真意はそこだった。
彼女の事ばかり考える少年が教室で見せた不器用な想いが、空回りに終わるのは不憫だったから、
親友である彼女にもどうにか伝わらないものか、と。

しかし宗介は自分の行動にそういった無形価値が存在する事等知らない、というよりも自分の行動が彼女に良しと働く自信がそもそも無い。
最終的に彼は選んだには、選んだ。
(しかし本当にこれで‥‥)

『―ヴーッヴーッ』

その時、内ポケットのPHSのバイブレーションが振動している事に初めて気付く。
着信開始から大分ほったらかしていたようで、宗介が通話ボタンを押す前に、最早誰からの着信であるか確認すらしない内に、呼び出しのバイブレーションは止まってしまった。

(一体誰から‥‥)

宗介はおもむろにPHSの液晶画面の着信履歴を確認しようとして、愕然とした。


  received calls

  16:55 CHIDORI
  16:36 CHIDORI
  16:33 CHIDORI
  16:24 CHIDORI


かなめからの複数回の着信、数分間隔で、何度も何度も。
それはまるで、助けを求め縋るような‥‥。
「千鳥‥‥!!」
考えるより早く、踵を返して宗介は駆け出していた。


かなめのマンションに辿り着きエレベーターを待つが、間の悪い事になかなか降りてこない。
胃が焼けるような不快感がどこからかこみ上げ、苛立ちが冷静さを奪っていく。
「くそっ!!」
宗介は拳をエレベーターホールの壁に叩きつけると、非常階段を猛烈な勢いで駆け上った。
勢いあまって踊り場の壁に衝突しかけ、壁を蹴って跳んだ。
前髪が視界を遮る。
(構わない。)
己の肉体を破壊しかねないほどの運動過多をセーブする装置が在るとすれば
恐らく宗介のそのスイッチは切れているだろう、筋肉が軋み少し息が上がっている。
(構わない。)
プロとして恥ずべき判断、それが何だ、今更だ。
(構うものか!)
驚くほどのスピードで、かなめの部屋の前に辿り着く。
「千鳥!?」
インターフォンも鳴らさずに宗介は叫ぶ。扉は沈黙している。
ここで迷う理由は一つも無い、事務的に、日常動作のようにテキパキとセキュリティを解除した。
それから即座に合鍵を取り出し彼女の部屋へと突入する。
「千鳥っ!!」
部屋を見回す、かなめは‥‥聴覚を最大限に研ぎ澄ます、居る、寝室だ。
「はあっ‥‥はあ‥‥」
「‥‥千鳥!! しっかりしろ、大丈夫‥‥か」
宗介は言いかけて思わず言葉を飲み込んでしまった。
かなめは攫われていた訳ではない、怪我を負ったわけでもない、しかし、宗介の顔からみるみる血の気が引いて行く。

ベッドに横たわるかなめは、苦しげに肩で息をしていた、その苦しげな表情、息遣いから尋常でない事が見て取れる。
しかしそれ以上に、生死の境を彷徨った人間の顔を何度も見てきた彼には解る。

かなめの容態は深刻だ。

sashie12.jpg

「‥‥ソー‥‥ケ?」
虚ろな表情でかなめが宗介を見つめる。
何故そんな顔をするのか?と眼が語りかけている。
「ぁ‥‥‥‥‥‥」
かなめが何か言おうとして口を動かしている、が声が出ない。
「千鳥?‥‥だ、大丈夫、問題ない俺が‥‥俺が君を助ける。」
「ごめ‥あた‥‥し‥‥‥‥‥」
かなめはどこか、申し訳なさそうに、何かを伝えようと喘ぐ。
しかし声にならず、喉の奥からゼーヒューと熱い湿った呼気が洩れるだけだった。
「苦しいのか?辛いのか‥‥、大丈夫喋るな、大丈夫だ、俺が来た。」
「‥‥‥‥ぉ‥‥‥ぇ‥‥‥」
宗介はかなめの唇の動きで、彼の名を呼んでいる事を察知した。
ソースケ、ソースケ、ソースケ
苦しみの中で、繰り返し、何度も、何度も。
熱の為か化粧もしていないのに、その唇は鮮やかに紅く、湿り気を帯びて艶やかだ。
「千鳥‥‥。 大丈夫、大丈夫だ。」

いたたまれない。

戦場でもないのに、宗介は久しい『恐怖』を感じていた。
『大丈夫』なんて根拠も無い。不安で不安で仕方が無い癖に、それしか言えない、なんと情け無い事か。
それに、なんと不謹慎かと彼は自責していた。
彼女が言葉を発せたとしたら、どんな声で自分を呼ぶのだろう、是非聞いてみたいと思ってしまったのだ。
必死に自分を求める彼女に、得体の知れない感情が身体の芯から湧き上がるような心地がしていた。
まるで制御不能な機械が今にも暴発しそうに体の中心でくすぶっている、今まで感じた事も無い感覚、それに酷く動揺していた。

「‥‥‥‥‥‥ぇ‥‥」
かなめは相変わらず、まるで無意識下の様に彼を求め、手を伸ばした。
「千鳥‥‥、千鳥‥‥。」
宗介は呼びかけに応え、せめてその手を握り締める。
そして初めて気付いた、かなめは震えている、いや怯えているのだ。

宗介はやはり動揺していた、しかし、それらの混沌としたものよりも明白なのは。
彼女が、大切で、大切で、掛替えの無いものに思えて仕方が無いという感情。
宗介は震える彼女の手を、強く握り締めた。

それからかなめが僅かに微笑んだ気がした、しかし応えることは無かった。
「千鳥‥‥‥‥?!」

かなめはそのまま意識を失い、宗介は蒼白の表情で彼女に縋る。

続く

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