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「あ~喉かわいたな~」
「うむ、奇遇だな。 俺も丁度そう思っていたところだ」
しーん。テレビから流れるJ-POPがやたら大きく部屋に響いている。


十二月三十一日 大晦日


その日、宗介は唐突にかなめの家に招かれた。
「なんかキョーコが突然高熱出したって言うし、お料理作っちゃったし、一人でテレビなんて見ててもつまんないし…」
宗介は長い誘い文句と言い訳をひとつひとつ丁寧に、何度も頷きながら黙って聞いている。
~だしという物言いが何かひっかかったが、武器の点検清掃も終わり、晩飯を馳走してくれると言うのだから断る理由など何一つと無い。
「有難い、では遠慮なく。」
宗介はかなめの厚意に預かり、晩御飯を馳走になった後、
「長居しては…」と一応の遠慮を見せたのだが、かなめは「大晦日だからもう少し居ろ」と言うのだった。
「大晦日なら…」
宗介はそう答えて、引き続き厚意に甘えることにした。
正直何故年の瀬だからなのかは良くわからないが、これが日本の文化で『普通の人』の
感覚ならば従うべきなのだと宗介は考える。
こんな夜遅くまで彼女の、かなめの家に居座る事には…、どこか落ち着かない心地がするのだが…。
立派に『大晦日』をやり遂げ、自分が立派な日本人、真人間だと証明が出来れば少しは彼女の杞憂も晴れるだろう。
(ならば心行くまで大晦日とやらを堪能しようではないか…)
などなど考えて、宗介はどこか意気揚々と目を輝かせた。
(どこからでも来るがいい大晦日!!)


…それで今、かなめと居間のコタツに足を突っ込んでくつろいでいるのだが。

かなめはテレビに視線を戻した、テレビの中で往年の演歌歌手が拳を聞かせて熱唱している。
「この歌手、毎年毎年同じ歌うたうのよね~。退屈ったら…。」
そんな時は食糧補給または排泄タイムなのだ、どこの家庭も絶対そうだとかなめは信じている。
飲みたい、キンキンに冷やしたドクターペッパーが飲みたい。
それからちらりと横目で隣の宗介を見た。
「過去の名声だけで大きな顔をしているのだろう。
 俺の知っている将校にも唯一度の功績だけで下士官を圧迫し不適切な管理を行っていた者が居た。
…結局は裏切り者の手により悲惨な死を遂げたのだが。」
宗介はそう言って、『細菌と軍事の歴史』と書かれたハードカバーの本をしげしげと眺めている。こう見えても彼は今、一生懸命大晦日を堪能中なのである。
「あぁ…そうですか~」
かなめは胡乱な表情でそれだけ呟いて、もう一度視線をテレビに戻す。
歌の2番が終わって、やっとか…と思うと、今年は趣向を変えたのか、ユーロリミックスアレンジバージョンを歌い出したではないか。
「げ…!趣味悪~…。」
「そうらな」
宗介はまぐまぐと蜜柑を頬張って言った。
「…あ~~~喉かわいたなあ、飲みたい、キュッと冷えたドクペが飲みたい。
 美味しいんだろうなあ…。乾いた喉を潤したい、火照った体を冷ましたい…。」
「それは同感だ。俺も今まさに飲料の補給を所望しているぞ。」
しーん…。
宗介は蜜柑の皮を丁寧に元の丸い形に復元してみせて片付けると、そこはかとなく満足げな表情をして再び読書に戻った。しつこいようだが彼は渾身の力で大晦日を堪能しているのだ。
「…あ~~~!もうっ!! あたしが取りに行けば良いんでしょっ!!あたしがっ!!
 何よ自分ばっかりー!!」
「む…?」
「うう、さむっ。 これだからヤなのよ~もうっ。」
ぶるぶるとかなめが震える真似をする…と、それを見て宗介は焦燥を顕わにして速やかに次の行動を取ろうとした。
「ああ、そうか。すまない大晦日に気を取られ過ぎた…、くそっ大晦日め。千鳥いいぞ、俺が変わる。」
―しまった、また失敗した。そんな顔だ。
正直ちょっとふざけて甘えてみようかな~と思っていただけで、
かなめは彼のその態度がなんだかうれしくも申し訳なくもあった。
(たかがキッチンへの移動で、大げさなんだから…。)
「ああ、あはは。 もう良いわよ、一応あんたはゲストだからね。 思い切って出ちゃえばなんて事無いんだけど、出るまでが覚悟が要るのよねー。うぅ…ぶえっくしゅ…ふもっ…。」
「……面目ない。 しかし、確かに。このコタツというものは、快適だな。」
かなめが冷蔵庫からドクペとかオレンジジュースとか青汁とか午後ティーとか、
ついでにつまむものを少々見繕って居間に戻ると、宗介がトロンとした目で、コタツに腕まで突っ込んでまどろんでいた。
「ソースケ、犬は外に出て庭を駆け回るのが通例らしいわよ。」
「むん…?」
かなめがくすくす笑いながらからかうと、犬耳を垂れて(いるような気がする)不思議そうな顔をして宗介が振り返った。
コタツの熱で頬が少々高潮しているのが、浅黒い彼の肌でも解り、その表情はどこか恍惚を噛み締めている。
そんな彼をかなめはちょっとだけ可愛いなと思った。
こんなの見たら、彼の仕事の仲間はからかって笑うだろう。
でも自分の前だけで今、何の抵抗無くこういう姿を見せてくれている…と考えたら何だかこそばゆい。
「はい。」
かなめがニッコリ笑って宗介に飲物を何本か差出して、宗介はオレンジジュースを選んだ。
「ふむ、感謝する。」
「また柑橘系…」
「なんだ?」
「いや?」
正直彼の飲み物の好みが良くわからなかったので適当に持ってきていたのだが…。
オレンジジュースというチョイスは至って無難だと思う、思うのだが。
宗介はさらにもう一つ、と蜜柑に手をかけ、再び蜜柑に執心し始めた。
つまむ物は他にも、ポテチとかチョコとか、一応気を利かしてビーフジャーキーと鶏ささみヘルシージャキーとかもあるのに。
蜜柑をまぐまぐして、オレンジジュースを飲んで、蜜柑を…
「……おかしいと思わないの?」
「はにがら?(何がだ)」
「いや…。 いいけど。 あんたそんなに蜜柑ばっか食べたら黄色くなるわよ?!」
「…なにっ!?」
宗介はその表情に戦慄を顕わにして蜜柑を一かけ取り落とす。
「本とよ、あんたなんてボン太くんみたいに真黄色になっちゃいなさいよ!
 食べすぎは駄目! てことで、これはあたしの。あたしの分の蜜柑なんだからっ!!」
「そんな…あっ…。」
かなめが身を乗り出し、ばばっと蜜柑を奪った振動で、宗介の前に5個はあろう『復元蜜柑』がはらりはらりと崩れた。
「もっふもふ、やっぱ蜜柑うめー」
蜜柑に舌鼓を打つかなめの傍らで、宗介は崩れた蜜柑の食べかすを悲しげに見つめていた。

深々と夜は更けていく。
もうじき日が変わってしまう、帰るきっかけを失い、このままでは…
そう思って宗介はいとまを告げるタイミングを伺って居たのだが、
「千鳥、本当に俺は黄色く…ではない、その、そろそろ俺は…」
「はーい、お待ちかね~~。」
取り出したのは何かのパウチ。
表面にでかでかと~酒と書いてあるからそれの成分は明らかだ。
間が悪いことに、かなめが上機嫌にもアルコールを取り出したのだった。
「千鳥、アルコールは駄目だ、アルコールは毛細血管を詰まらせ脳細胞を破壊し…
 それ以前に未成年飲酒は禁止だぞ」
「我国の銃刀法を鮮やかに犯してるあんたが…。 まあまあ、お酒って言うかコレ甘酒ね?
 確かに飲酒はアレだけども、お正月の雰囲気だけ、ね? 体あったまるよ?」
そういうとかなめは台所に行って甘酒を温めはじめた。
ほわん…とかすかなアルコールと麹の甘い香りが宗介の鼻をくすぐった。
「ふむ…これは、こういう、大晦日に飲むものなのか?」
「うんそう、必ずってわけじゃないけどね~。ハイどーぞ。」
「そうか…これも『日本人の普通』か。なら。」
湯呑みに入ったそれを鼻に近付けると、咽返すような香りが鼻腔に拡がる。
それから、おそる、おそる。ちびちびとそれを口に含んだ。
甘い程よく暖かい液体と粒々したものが口内に拡がり、喉に滑らせると直ぐに体がポカポカと熱を帯びて浮遊感を覚えた。
やはりこのアルコールの独特の作用には少し戸惑いも覚えるけれど、
この甘さ、人肌のような暖かさ、少々胸を躍らせる作用も、悪くない。
懐かしい様な匂いも、寧ろ好ましいと思った、何かに似ている、何か…。
「どう?」
アルコールの作用で視野の両端に黒い幕がかかったように狭まっている。
その絞られたファインダーいっぱいに、千鳥かなめが少し不安げに微笑みかけていた。
暖かい、甘い、懐かしい…
「ああ、そうか…君みたいだ。」
「え?」
かなめが小首をかしげて不思議そうな顔をしている、それをぼんやり見つめていると、徐々に瞼が重たくなるのを感じた。
「……すまん、眠い…。」
「え~?! あんたって…ご、ごめんね、こんなにお酒駄目とは思わなくってさ。」
「いや、別に気分が悪い訳ではない。寧ろ良い。 …ただ寝不足も祟っているのか…ね、眠い。」
酷く体が重かった、たった一口の甘酒で酔った…というよりも。
コタツの温かさや、この空間のもたらす堪らない安息感、それら全ての相乗効果でここに来て急に力が抜けた…そんな感じだ。
「もう、しょうがないな。このままここで寝ちゃって良いよ。ソースケ。」
「いやっ…それは…」
そう言って頑張って身を起こそうとするのだが、どうも立ち上がる気が起こらない。
恐るべしコタツの魔力である。
「良いって。あたしもこのままダラダラ寝ちゃう。 お正月だからいいのよ~。」
「む…これもそうなのか?」
これも日本の通例行事なら…、というよりもそんなのは正直こじ付けだった。
このまま守られる様な暖かい空間でまどろんで彼女と過ごしていたい、帰らなくて良いのならばずっとここに居たい。そう強く思っている。
その時どこか遠くで低く重い、鐘の音が鳴り響いた。
「あっ、年明けちゃった。」
「む?」
宗介が顔だけのそりと起こすと、テレビの中で人々の明るい声が響いていた。
明けましておめでとう、おめでとう、おめでとう。
世界のどこかでは嬉しそうに人々がキスをしている。
どこを見ても笑顔で誰もがみな幸せそうだった。

何時か空爆に脅えながら、不思議な気持ちでこの様な映像を見ていた。
他人の幸福を呪った事は無い、ただリアリティが無いと思っていた、幸福が良く解らなかった。
遠い世界の出来事で自分はそれら一切とは関係が無い、溢れる笑顔も幸福も、自分の為のものでは有り得ない。
それら一切は、どこか虚無感に満ちた絵空事の様にすら思えたこともあった。

 どのような想いで キスを するのだろう ?

新年を祝う経験が無かった訳ではないが、何処にいても根無し草のような心許無さは拭い切れなかった。
けれど。

「明けましておめでとう、ソースケ」
目の前にあった。
彼女の背後のテレビ映像の笑顔はやはり遠く、現実味を帯びない。
けれどその中の誰よりも眩しい笑顔が、鮮烈なリアリティを伴って自分の目の前にある。
そしてそれが今、ただ自分の為だけに与えられている。
頭の中を稲妻が走ったような感覚がした。
その時思い知った、何故不思議だったか虚無に思えたか、自分には無かったからだ、…羨ましかったのだ。
けれど自分はもう得ていたのだ、あの眩しい世界を、幸福を。

「……千鳥。」
「今年もヨロシクね。」
「…ああ、よろしく頼む。」
おめでとう。よろしく。
今年も、来年も、再来年も。
一緒に居たい、ずっと、こういう風に彼女の傍で…。


―千鳥やはり俺は、本当に、君のことを……


かなめの目の前におずおずと宗介の両手が差出され、空を切って交差した。
「?」
(アルコールで遠近感が狂っている、惜しい。)
そのまま宗介はクタクタと崩れ落ちる、目を瞑ろうとする自分にもかなめは微笑みかけてくれている。
「おやすみ。いい夢見るのよ。」
「……」
おやすみ。君もいい夢を。

もう言葉にはならなかった。


ケ…起きて…起きて。

どこからともなく声がする。聞き覚えのある声。
瞼の裏側に暖かな光を感じそちらの方に向かってフワリフワリと昇る様な心地で、目を醒ました。
「お早う、ソースケ」
柔らかな光の中で、かなめが笑いかけている。
頭が釈然としない、…自分は何をしていたのだったか…?
そして。
「お……、な。 何故君がここに…。」
宗介は彼女に尋ねる。思いの外、掠れて間抜けな声が出てしまった。
「ぷっ、 何時まで寝ぼけてんの? …それとも何?忘れちゃったの?」
「え……」
「あたし達、結婚したよね?」
「はっ…なっっ…?! 今なんて…」
「もうっ。 どこまでボケ倒す気よこのスットコドッコイ! 早くしないとご飯あげないわよ!」
そういってぶう、と頬を膨らませて唇を尖らせた。
「そ、それは困る。」
宗介は言われるがままいそいそとベッドから抜け出す。
「その、つまり俺は君の夫で君は俺の妻という事か?」
「…それ以外にどう解釈をするのよ? …寝てる間に脳ミソ爆撃されたんじゃないの?」
やや本気で心配をしているようで、言葉とは裏腹にかなめは不安気に宗介を覗き込んでいる。
「……いや、その、良いのか君は?」
「良いも何も…。」
かなめはもじもじと言葉尻を濁すが、宗介は尚も食いついて来る。
「俺で良いのか?」
とても真剣な、縋る様な目で。かなめは堪らず真っ赤になってうつむいた。
「な、なんなのよお、もう。…その、だから…あなたが、良いの。」
「そう、なのか…。」
まだ状況を良く飲み込めないけれど、宗介はその言葉に何故か心の底からほっとして救われたような心地になった。
「そうか、そうなのか君と俺は…」
「ほ、ほら、ヨダレついてるよ、子供みたい。」
言ってかなめは彼の口元を優しく拭って、それは綺麗な笑顔を見せた。
眩しくて目の前がチカチカして、宗介は何度も瞬きをしてしまう。
思わず捕まえようと伸ばしたその手をするりと抜けて、かなめは窓を開け放った。

「いい天気だね、公園とかブラブラしたいなあ」
「ああ、いいな」
相槌を打ちながら宗介はその光景を想像してみる。それだけで期待に胸が躍った。
穏やかな一日をただ彼女とのんびりと過ごす、きっと素晴らしい時間なのだろう。

白いカーテンが翻り、彼女の髪が柔らかく風に膨らむ。
それからこちらを見て、また微笑んだ。
カーテンは天使の羽のようで、彼女の周りに溢れる光は優しさと温かさに満ちている。
その笑顔、不思議な浮遊感、そこはまるで―楽園。

「…こんな日が来るとは。」
「え?」

もう一度。
宗介は彼女を捕まえようと、光の世界へと手を伸ばす。
「あ…」
ふわりと背中から彼女を包み込む。
花の様な匂いに誘われて思わず髪にキスをした。
「……もう、バカ。 変なの…朝から」
「俺は正常だ。 ただ、君が凄く良い匂いがするから…」
「バカ…ヘンタイ…えっち」
彼女がはにかんで宗介を見返る。
宗介は彼女と向き合って今一度強くその腕で感触を確かめる。
かなめの肺から空気が漏れ、唇から甘い嘆息が聞こえた。
思考は奪われ、ただただ強くかき抱いて、それから……



「あたし、頑張るからー!」
「はっ?!」
突然鼓膜を突き破るかのような叫び声がして、宗介はガバっと身を起こした。
すると、同じく自分の声に起きたのか、寝起きのかなめと目が合った。
かなめはどういうわけか、拳を高らかに突き上げている。
「あ…ああビックリした。 夢か、そりゃそうよね。うんナルホド…」
「…?」
起きるなり良くわからない事をかなめはブツブツ言っている。
どうやら妙な夢を見ていた様だが、それはまた、別の話
「寝てしまったのか…、 君は起きるなり元気だな。それなら奇襲もかわせるだろうな…」
「いやそれは無理だから。…まだちょっと眠いし。ソースケは?なんか夢?見た?」
「…何故だ?」
見るには見た、覚えている。しかし…。
「あー、元旦に見る夢ってさ、初夢っていうんだけど。正夢なのよ。つまりホントになるの。」
「なにっ?!」
「ん…? なに?なにその反応。」
かなめは「別に」とか、なんかロクでもない、夢なのに夢の無い話を宗介からされるかと思っていた。
だからこれは意外な反応だ。
「か…、叶ってしまうのか…。」
「ん~まあそういう事になってるみたいだけど」
見ると宗介は何故かふるふると震えていて、驚き、だろうか?
何か複雑な感情をその表情に示していた。
「そうか…。 そうなのか…。」
それから宗介は一人でブツブツ呟いたり、何か想像を巡らせているようだった。
そこはかとなく締まりの無い表情をしている気がして、かなめが訝し気に尋ねる。
「…ねー、何の夢見たのよ?教えなさいよ~。…あ、まさかえっちな夢?」
「なっ!! そ、そそんな訳無いだろ無いだろう! 俺がそのような事を千鳥に…」
「そうよね~。わっはっはっは。…って千鳥…あたし?」
「はっ…」
すると急に、それまでオヤジのノリだったかなめが、ポッと頬を赤らめ大人しくなる。
「…なに? あたしが出てきたの? あ、あたしの夢なの?」
「いやっ…その」
思わぬ失言に、宗介も耳まで真っ赤にしてうつむいた。
気まずい空気が流れ、堪らずかなめは照れ隠しに捲くし立てる。
「ま…ますます何なのよー! 吐きなさい、吐かないとこれから初ハリセンをお見舞いしちゃうわよ~」
「いやそれは…、しかし兎に角何も無い、見てない!」
例えハリセンでシバキ回された上こそぐり回され、恐ろしい拷問にかけられようとも…
言えない、言える筈が無い。
自分と、彼女が婚姻関係になっていた等と……。
「ぶ~、つまんないわね。」
「……その、君はどうなのだ?」
宗介はそれとなく話を逸らした。
「あたし? あたしは…まあ、アレよ。何かの啓蒙なのかなーアレは。」
「ん…どういうことだ?」
「あたしは今年は一味違うのよ…。 もう妖怪みたいな通り名では呼ばせない、さようなら昨日までのあたし。そして始まる逆襲の年…。」
逆襲とは…。何やら物騒な事を言っているようだが、彼女の言わんとする事は皆目検討がつかない。
「……すまないが、さっぱり解らんのだが…。」
宗介は困り果ててこめかみから汗を一筋流し首を捻っている。
「ふふん、あんたも今に見てなさいよ…」
「う……」
かなめは不適な笑みを浮かべる。
気の毒な宗介は謎の恐怖に戦慄し、無駄に怯えた。
「ふあ…やっぱまだ眠いわー。無理っす…。…もう一眠りしようかな。」
かなめは大口であくびをすると、もそもそとコタツに吸い込まれていく。
「そうか、では寝て良いぞ千鳥。俺は起きている。」
「そ? えっと…じゃあ悪いんだけど3時間したら起こして。」
「ああ、了解した」
「ありがと、起きたら日の出見にいこ?」
「…了解」
かなめは返事の変わりにふふっと笑って、それから直ぐにまたコタツで丸くなった。
宗介は彼女が深く眠りについたことを確認してから、彼女を抱き上げて寝室にはこんでやる。
「むにゃ~」
静かにベッド降ろすと、かなめが寝返りを打ってギシっとマットレスがたわんだ。
彼女の幸せそうな寝顔をただ眺める。不思議だ、それだけで心が安らいだ。
宗介は手を伸ばし、彼女の頬に、触れた。

「……好きだ」
好きだ。彼女が好きだ。
何時の間にかこんなに、愛していた。
ずっとこうして彼女の平穏を護ってやりたい。
ずっとこうして暮らしていたい。
幸せになりたい。

出来るだろうか、その資格が俺にあるだろうか?
過去は変えられない、過ちも消えないし失くしたものは戻らない。
それでも彼女と二人、心ある人たちに囲まれ、ゆっくりとこれまでの事を整理して、
色々な事を学んで、色々な経験をして、そして何時か…彼女を本当に護れる自分になりたい。


宗介はかなめに顔を寄せ彼女の唇に自分の唇を重ねた。
捕まえて強く抱き寄せて、夢の終わりにそうしたように。
柔らかい、温かい、その全ては夢見たそのままに、まさに楽園。
顔を離すと、触れ合っていた柔らかな粘膜は惜しむように彼の唇をそこに留めて、
それからやがて静かに余韻を残して遠ざかった。

 どのような想いで キスを するのだろう ?

言葉にならない想いだった、説明など無意味だった。
ただただ、縋るような思いで、繋がりを求めるのだ。
大切な誰かと、幸せな毎日を、来年も再来年もと。

ふと宗介が窓の外に目をやると、まだ星が出ていた。
東京の暗い空でも、目を凝らせば小さな星が無数に輝いているのが見える。
目の前が暗いように思えても、光は必ずある、そこには無限の何かがあるのだ。
大事なのはそれを見つける努力、叶えようとする努力。

「…よし」
熱い想いがどこからか込上げてくる。
何でも叶えられそうな気がする、何処へでも行けそうな気がする。
今年なのか来年なのか再来年なのか。解らないけど何時か、必ず。

宗介は掌を握りしめ、夜明けと彼女の目覚めに心を躍らせた。



時期を外してすいません。おめでとうございます色々と。
宗かなの夜明けが来ると良いです。お幸せにー!
という話。以前アップしたオマケ→千鳥の見た夢

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